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評者◆徐勝
キャンドルデモ一年――韓国民主主義の危機か、再生か
No.2918 ・ 2009年05月23日




 韓国でキャンドルデモが燃え上がってから1年。サイバー民主主義の壮大な実験と言われ、警察推計で5月2日から8月15日まで93万2680人が参加したといわれたキャンドルデモの灯は燃え尽きてしまったように見える。キャンドルデモ1周年の集会(4月30日~5月2日)では、当局の徹底した妨害でまともに行事もできず、241人もの逮捕者だけが出た。
 昨年4月の国会議員選挙で、与党、ハンナラ党が議会の圧倒多数を占めたにも拘わらず、昨年のキャンドルデモで出鼻をくじかれ、半年間、拱手傍観するしかなかった李明博大統領は、「キャンドル・トラウマ」が骨髄に浸みて、それ以来、市民運動の総体的絶滅のために腐心してきた。
 特に優先したのは言論掌握である。昨年、牛海綿状脳症のドキュメンタリー番組を製作・放映したMBCテレビのPDなどを、農林水産部長官などに対する名誉毀損で逮捕・起訴する一方、放送委員会に続いて、KBS、MBC、YTNなど公営のテレビ局や通信社の社長をすげ替え、2月に公共メディアを財閥が買収できる放送法の改悪を行った。またキャンドルデモの温床と目された、インターネットや映像媒体では、名誉毀損罪、虚偽事実流布罪などを乱発しその統制に努めた。世界経済危機の中で韓国に不利な経済分析・予想をしたとして、通称「ミネルバ」(インターネット論客)を逮捕する愚挙に出たが、法廷は無罪を宣告した。教育の分野では入試競争の激化と差別化教育をあおり、成績公表する全国一斉試験の実施、英語で授業を行う国際校の大幅増設、予備校の営業自由化などを推し進めてきた。
 昨年、国家人権委員会を大統領直属にしようとして、国際世論の批判を浴びて失敗したが、今年3月、20%人員削減を命じ無力化を強行した。現政府は、政府に対する市民的抵抗の武器となる「人権」の制限・縮小に懸命で、悪法の制定や現行法の改悪の日程が目白押しである。「集会・デモ法」改正案は、デモ参加者のマスク着用禁止、罰金の10倍化などを規定しており、「警察官職務執行法」改正案では不審尋問、強制的指紋採取、ケータイの通信内容確認、令状なしの車両のトランク検査など、警官の権限強化を目指し、「不法集団行動に対する集団訴訟法」案では、デモによる営業被害などに集団訴訟できるよう要求している。被害者の告訴なしに政府がウェッブ文章を告発できる「情報通信利用促進及び保護に関する法律」、プロバイダーに通信記録を保存させ政府の要求で提出させる「通信秘密保護法」、集会・デモ法違反者がいるNGOに支援を禁止する「NGO支援法」、被疑者のDNA情報を検察や警察で保存できる「DNA身元確認情報の利用・保護に関する法律」、重要犯罪の被疑者の顔写真を公開できる「特定強行犯罪の処罰に関する特例法」などが国会の通過を待っている。いずれも国家権力を肥大させ、個人の自由と尊厳を著しく侵害するものである。
 2度にわたる逮捕令状が棄却された崔冽環境運動聯合代表に対する告訴に表れたように、前政権の恵沢を受けたと睨まれたNGOに対する規制の強化と兵糧攻めを実施し、NGO運動を委縮させようとしている。まだその帰趨が明確にはなっていないが、600万ドルの総体的収賄罪で起訴されようとしている盧武鉉前大統領に対する調査過程でも明らかになったように、現政権は情報部と警察、監査院と裁判所、放送委員会や国税庁、公正取引委員会まであらゆる公権力を総動員して政府の意にそぐわぬ者を追い落とすことに熱中している。そして、その権力に酔って、世論を聞く耳は一切持たずで、強引に自分の欲望を押し通そうというワンマンの最高経営者(CEO)スタイルで国政を遂行しようとしている。例えば、各方面から批判の出ている「大運河」事業を「4大河川開発事業」の名で粉飾し、「速度戦」を号令した。自分が良いと思うことを良いと思えという独善である。しかし、無理な権力行使は孤立する。4月29日の国会議員と地方自治体議員補欠選挙で与党が惨敗して、勢いはそがれ、批判が噴出している。
 内政の場合、悪政で国民は大きな混乱と苦痛を味わうが、朝鮮半島の平和と安全にかかわる南北朝鮮の関係の場合、事態はより深刻である。李明博大統領の政策遂行原理はブルドーザー型の経営手法と、新自由主義信奉、時代遅れな崇米・反共同盟論である。
 さる4月5日の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)のロケット打ち上げ以来、14日、日韓米主導で国連安保理議長声明が出され、25日、安保理制裁委員会の北朝鮮3社に対する制裁決定があった。そもそも、人工衛星打ち上げに関するいかなる制裁も「戦争」と見なすと表明していた北朝鮮は、外務省が29日、制裁を撤回し謝罪しなければ、2度目の核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射試験を行うと発表し、朝鮮半島は第3次核危機を迎えようとしている。ここで韓国は韓米日同盟論を掲げ、北朝鮮との対話通路を閉ざし、麻生政府とともに、制裁論を叫んで、強行一辺倒に突っ走っている。
 昨年のオバマ大統領の当選は外交政策においても多くの人たちに希望を与え、キューバや中南米、イランにおいて新しいイニシアティブが始まり、朝鮮半島でも画期的な進展が期待されたが、今までのところ、期待は裏切られてきた。その原因として一般に指摘されているのは、オバマ政府の北朝鮮政策がまだ固まらない状況で、北朝鮮が余りにも性急に事を進めたという見解である。しかし、北朝鮮にとっては、朝鮮半島平和体制構築は朝鮮戦争終結以来、半世紀にわたる懸案である。
 朝鮮半島をめぐる危機の構造は、1950年の朝鮮戦争以来、基本的には変化していない。2004年の第1次核危機と言うが、朝鮮戦争では、マッカーサーは北朝鮮に対する原爆の投下を主張し、トルーマンに容れられず解任されたときに、すでに核危機を経験した。しかも、南北分断の様相は周辺4強(中ロ米日)と複雑に絡み合い、今回の北朝鮮ロケット打ち上げを150%利用し、MD(ミサイル防衛)の国民的認知・承認を勝ちとり、政権支持率浮揚の具とした麻生日本のように、周辺国それぞれが南北対立を利用している。
 アメリカは朝鮮半島で「分断して統治する」手法を用いてきた。南北の安全保障をアメリカに依存させ、武器販売の効果だけではなく、朝鮮半島における戦争と平和のカードを自在に使い分けて、日中ロを恫喝したり、あやしたりしながら、東アジアにおけるアメリカの戦略的利益を貫徹してきた。そのような手法に抗して、「自らの運命を自らが決する」悲願を込めて2000年の南北共同声明は発せられたが、歴史の逆風に曝されることになった。というのは、朝鮮半島の戦争と平和の問題は、生死を左右される地域の住民によってではなく、それを国内政治のカードとして利用しようとする各国の政治家の姑息な思考や気まぐれによって左右されてきたからである。
 時代遅れの李明博政権の政策は、一政権の危機のみならず、朝鮮半島全体を戦争危機にさらしている。反共の価値を高く掲げるのは勝手であるが、戦争という選択はもう朝鮮半島には存在せず、戦争危機の増幅は「経済大統領」の成功のチャンスのみならず、国民の生存を危うくし、政権の存在自体を危機にさらす可能性が高いのである。
(ソ・スン 立命館大学教授・立命館コリア研究センター長)







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