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評者◆福田信夫
名旅館を舞台にした人間の生を活写(折橋徹彦「箱根温泉旅館・福住樓」『塔の沢倶楽部』)明かされた事実に脳天をぶちのめされた(和田伸一郎編「ハンセン病入所者からの返信」『クレーン』)
No.2916 ・ 2009年05月02日




同人誌時評

名旅館を舞台にした人間の生を活写(折橋徹彦「箱根温泉旅館・福住樓」『塔の沢倶楽部』)明かされた事実に脳天をぶちのめされた(和田伸一郎編「ハンセン病入所者からの返信」『クレーン』)
福田信夫

 『塔の沢倶楽部』第7号の筆の題字を見て、『塔の沢文芸』と同じ箱根・福住樓の三代目女将の澤村みどりの名が浮かんだ。後者は、戦後文学を同人誌の形で育てた『近代文学』の志を継ぐとして『犀』を、そして『朱羅』を出した同人が1987年から2000年まで14号分を出して終刊したもので、前者は翌2001年に創刊、第7号で終刊とある。半世紀に近い間、創終刊をこんなにも繰り返しながら続いたのは、「福住樓」のおかげか?
 折橋徹彦の「箱根温泉旅館・福住樓――女将からの聞き書きによる行楽の社会心理史の試み(その3)――」は、長谷川時雨の『美人傳』にある明治43年8月の暴風雨で福住樓が流失した様子から始まり、明治20年代から現在までの名旅館を舞台にした人間の生が活写されている。巻頭の久保輝巳の「人吉周辺遊行」は、作者の古里と自らの来し方を短く、見事に描いた名随想。浜野春保の「私の戦後史(四)」は先の戦争を体験した作者がどのようにして開戦され、そして敗れたのかを世界各国の動きと国内の動きとを日を追って緻密に繋げた快刀乱麻の労作で、頑迷な陸軍に負けた海軍の優柔不断さや「ハル・ノート」への甘い期待などが明かされ、12月8日の開戦日は「ヨーロッパではヒトラーがモスクワ攻略を断念して、部隊の退却を命令していたのであった。」で結ばれる。同人は80歳台と高齢(澤村さんは米寿でご健在と)であるが、60歳台の岸正尚の「もののけ姫(二)」と高梨章の「湯浅半月ときらめく星座――美術のなかの京都図書館(六)」は貴重な調べ物であり、新たな媒体で書き継いでほしい。特に湯浅半月(1858~1943年、本名・吉郎)の名を初めて知ったが、半月世界の素晴らしさに唸らされた。
 『文学雑誌』84号の大塚滋の「廃曲」は、天武天皇の子である大津皇子と一歳上の異腹の兄である草壁皇子と相通じた石川郎女(女郎)の境涯と心の真実を想像(創造)するエッセイ風の小説で、その見事な手練手管に酔った。巻頭の杉山平一の「素粒子と新しがり」は「人間は数かぎりない生命を殺して生涯を終えるのだから、その源の大地へ土葬してもらって、今度は細菌やバクテリアの種子になって殺される側に回るのが順当のなりゆきのような気がする。」で閉じられる。
 『文芸シャトル』第64号の清水信の「小林秀雄文献考」は、1949年の『文芸評論』2号から2003年の『文芸別冊』26巻までの小林特集8冊を紹介しているが、17歳で小林に出会い、20回ほど鎌倉の小林邸を訪ねた(無断で)のに「小林秀雄については、うまく語れたということが一度もない。今後も、そうだろう。」と珍しく弱音を吐いているのが面白い。同誌の堀本広の「悪夢の連鎖――大化改新の秘密――」は前述した大塚滋の「廃曲」と似た興奮を味わった。これは645年の蘇我入鹿暗殺事件が大化改新と位置づけられたのは明治になってからで、それまでは乙巳の変と言われていたことや大化改新にまつわる多くの謎を教えてくれる。入鹿を先祖にする先達との20年間の通交と先達夫婦の自殺により大化改新の悪夢から逃れようとする様相などをスリリングに描いた中編小説で、大化改新は当時の新羅の国内事件であったとして詳細に証す。
 『駱駝』54号の木村幸雄の「『極光のかげに』と『国際法』――〈生きた「戦陣訓」をめぐって〉」は、去年99歳で逝った高杉一郎が敗戦後、シベリアの捕虜収容所に投げ込まれたが、横田喜三郎著『国際法』で1929年に成立した「ジュネーブ条約」(捕虜取扱に関する条約)を読んだことが、1941年に東条陸軍大臣が下達した「戦陣訓」(生キテ虜囚ノ辱メヲ受ケズ)を死んだ「戦陣訓」として否定する契機になり、自分達の人権と生命を守るための盾として生きた姿が活写される。同誌の宇治土公三津子の「走馬燈、廻れ廻れ(八)」は、林芙美子の詩集『蒼馬を見たり』と小説集『放浪記』の上梓にまつわる、豊富なエピソードを織り込んでの長編エッセイで、徳田秋声や石川三四郎、辻潤、無想庵なども登場するが、中でも尾崎翠や長谷川時雨、三上於菟吉、北村兼子、望月百合子、生田花世らと芙美子の関係が生々しく描かれ、教えられる。
 『北斗』552号の清水信の「ひたすら書いた人たち 物故同世代の文章作法(3)」は、谷崎、芥川、中島敦、佐多稲子らの中国との関わりと亀沢深雪や河林満、大泉黒石、大宅歩の行跡を悼みつつ紹介する歯切れのいい随想。
 『花』44号の鷹取美保子の「私の好きな詩人(8) 時空を越えた魂の詩人犬塚堯」は、『南極』や『河畔の書』等の詩集のある犬塚堯(大正13年~平成11年)の詩(思惟)を「現在にとらわれることなく、過去からも未来からも、時空を自在に飛翔する。」と見、「海の上に海が鳴る/空の上に空がある/太陽の上にまた一つ太陽が昇っていく/心の上に新しい心を重ね/人はきわみない国を唱う」(「筑紫讃歌」の冒頭の一部)を優しく論じ、年譜も付す。
 『草野心平研究』11は、草野心平(1903~1988年)の死の翌年に創刊され、20年近く続いているもので、深澤忠孝の「中国新詩と日本現代詩の交流に関する研究序説――黄瀛・雷石楡・小熊秀雄・草野心平――」は、中国で新詩が成立した1919年頃から現在までを5期に分け(文学革命、革命文学、解放の文学、空白期・文化大革命、新時期文学)、詳細に追った労作で、その執念に圧倒される。
 『鬣』第30号は「女性俳句アンソロジーは必要か」の特集で後藤貴子、水野真由美、林桂らが書いているが、斎藤愼爾の「逸脱する〈女性俳句〉」は「出版社はじり貧になると、起死回生の一発を狙って女流を特集してきた。」「問題なく売れるからである。」という22年前の自らの言葉で始めて〈女性俳句〉界の様相を俯瞰したあと、昨年発刊された角川学芸出版の『鑑賞女性俳句の世界』には上野千鶴子(1972年から10年間、京大俳句会で活躍した)や石牟礼道子、大西泰世など、ふと思いついた14人が収録されなかった人選の詐術と監修者や編集者の名がない曖昧さに怒るとともに今年90歳になる熊野在住の恩賀とみ子の「雪しまく神よりも魔を恃みけり」「白地着て夜空に水尾のあるごとし」「てふてふの一期は夢よ狂わんか」「今生の後ろ姿よ月の雁」など33句を掲げ、惜しみなく讃える武人の一筆。
 『クレーン』30号は井上光晴特集で会員などの9編が寄せられ、各自胸奥に秘めてきた井上の姿が吐露されて面白かったが、巻末の和田伸一郎編「ハンセン病入所者からの返信」は、和田が同誌の前号に徳永進著『隔離――らいを病んだ故郷の人たち』(1982年、ゆみる出版)と『隔離――故郷を追われたハンセン病者たち』(2001年、岩波現代文庫)を読んだ感想を述べたことへの金泰九(長島愛生園に56年在住の療養者)、佐川修(1945年3月の東京大空襲で手足を火傷して発病、同月、群馬県吾妻郡の栗生楽泉園に入園、1958年に山梨県の見延深敬園へ転院、1964年に東京都東村山市の多摩全生園へ転園し、語り部として活動中)、谺雄二(1939年に7歳で発病し、多摩全生園に入所、1951年に栗生楽泉園に転園)、並里まさ子(ハンセン病医療過誤訴訟で栗生楽泉園副園長として多摩全生園の医療の間違いを証言した皮膚科専門医)からの便りで、1907年から始まった隔離による伝染予防策を推進した癩学の権威・光田健輔(1876~1964年、1906年に長島愛生園初代園長になり、1932年まで勤め、1951年に文化勲章を受けた)の功罪(実は犯罪)を明かすもので脳天をぶちのめされた。和田の率直誠実な対応ぶりに井上光晴は「おれと勝負したな」と言うと思う。なお、光田には『回春病室――救ライ五十年の記録』(1950年、朝日新聞社)と『愛生園日記――ライとたたかった六十年の記録』(1958年、毎日新聞社)があり、この無様な姿を怒る。
 『北門文学』第10号は10周年記念号らしく、100枚前後の小説が5編寄せられて212頁と分厚い。8号から連載されてきた菅禮子の「山帰来」は東京と秋田、朝鮮、中国を主な舞台に、昭和を生きた一族の悲喜交々の姿を一気に読ませる長編で完結した。千貝憲二の「熊人形」はヤミ金融から取り立てられる金と人情が交錯するスピーディな娯楽小説。斎藤勇一の「時間の流れ」は「マヤ文明のティカル神殿や、エジプトのセティ王墓に描かれている天文図や北斗の星座。/それらを心に描いて瞑目すると。/宇宙と人間の親密な交わりが、はるかな天空へ、さらに遠くに続く彼方への道が、はっきりと視えてくる。」で結ばれる巻頭詩。
 『詩と眞實』716号はシベリアに8年間抑留され、ロシア文学を読み、シベリアでの生を書ききった波木里正吉(1920~2008年、本名・南部吉正)の追悼文8編と略歴、『詩と眞實』掲載作品目録(小説)などが載せられている。(文中、敬称略)
(編集者)

▼塔の沢倶楽部 〒167-0034東京都杉並区桃井1-20-10  折橋徹彦
▼文学雑誌 〒560-0002大阪府豊中市緑丘4-29-3 大塚滋
▼文芸シャトル 〒472-0036愛知県知立市堀切2-10  鈴木渉
▼駱駝 〒179-0081東京都練馬区北町2-30-8 内山幸夫方 駱駝の会
▼北斗 〒460-0026名古屋市中区伊勢山1-3-1 岡文ビル407号室 棚橋鏡代
▼花 〒165-0035東京都中野区白鷺2-17-4 菊田守方 花社
▼草野心平研究 〒185-0005東京都国分寺市並木町1-22-15  久延毘古文庫内 草野心平研究会
▼鬣 〒371-0013 前橋市西片貝町5-22-39  林桂方 鬣の会
▼クレーン 〒371-0035前橋市岩神町3-15-10  和田伸一郎方 前橋文学伝習所事務局
▼北門文学 〒010-0903秋田市保戸野八丁19-8 千葉三郎方 北門文学会
▼詩と眞實 〒862-0963熊本市出仲間4-14-1 今村有成方 詩と眞實社







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