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評者◆内堀弘
はみだした側の面白さ―古書として人気のあるものは、必ずしもその著者の代表作ではない
No.2913 ・ 2009年04月11日




 某月某日。古い本を見てもらえないかと、近所のお宅から声がかかった。出かけると、築五十年以上は経っていそうなお宅だ。「祖父が好きでした」と永井荷風の初期の作品が驚くような保存状態で残っているのではないか。「祖母が短歌を」などといって與謝野晶子の『恋衣』カバー付もさりげなくあるのではないか。どうしたものか、古い家を前にするとこうした妄想が必ず湧いてくる。しかも、妙に具体的なのだ。
 部屋に通されると、お祖父様は特に荷風がお好きではなかったようで、古い経済書が書架からはみ出すほどにある。本はどれも立派な作りだが、今ではすっかり需要のなくなったものばかりだ。その中に、『エチュード』(昭25)という詩集があった。著者の福田正次郎は詩人那珂太郎の本名で、これが第一詩集だ。「母の高校時代に担任の先生が出したものらしいです」。那珂が教員時代の出版だから、生徒はお付き合いで買ったのかもしれない。この部屋でこれが一番貴重なものですとお話しすると驚かれた。
 中原中也は、第一詩集『山羊の歌』(昭9)の前に、『ゴッホ』(昭7)という文庫本を出している。ただし、著者名は安原喜弘。友人の安原が自分の所に来た仕事を、食えないでいる中原に回したのだ。
 この著者名は実はこの人、というケースはいくつかあって、福田定一の『名言随筆サラリーマン』(昭30)は、司馬遼太郎が勤め人時代に本名で書いたものだ。ごく普通の新書判で、以前はこれを百円均一の棚で見つけたという話をよく耳にした。高い頃には十万円を越える値が付けられたものだ。浦井靖六の『現代先覚者列伝』(昭16)も、新聞記者をしていた井上靖と浦上五六との合著で、著者名はこの二人の名前を組み合わせたもの。戦時中に出た白神鉱一の『海軍の父山本五十六』(昭18)は詩人中桐雅夫が本名で出したものだった。
 古書として人気のあるものは、必ずしもその著者の代表作ではない。むしろ、古書の面白さははみ出した側にあるものだ。重厚な佇まいの経済書や法律書、各種全集が整然と並ぶ書斎は、だから古本屋としてはあまり喜ばしい風景ではない。
(古書店主)







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