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評者◆丸川哲史
中国の「台頭」をどう受け入れるのか―国学ブーム、西側価値観への不信など中国内部に変化も
No.2912 ・ 2009年04月04日




 中国の政治経済システムは、日本や西側のものとは異質であることは明らかであるが、その異質なものをどのように把握するのかが問題である。異質なものを理解するには、まずもって自身が持っている尺度を客観視する上でも慎重さを要するものであり、相手への内在的な理解への努力が必要であろう。一つの例を挙げよう。一時期、日本も含めた西側の学界では、中国でも平均月収が二〇〇ドルを超えれば、西側市民社会のような政治経済条件が生まれるだろう、という予測をする向きがあった。ある意味、俗流(マルクス主義)近代化論である。このような学者に劣らず、ほぼ一般的に西側及び日本には、世界基準が別個に想定されていて、そこに中国がどう入っていくかを観察すれば良いだろう、という構えがあった。しかしそれでは物事は片付かない。
 さて、近未来のこととして、アセアン(東南アジア一〇カ国)が設定する自由貿易協定に二〇一〇年の中国参加が予定されており、また二〇一二年に日本と韓国の参加が予定されていることは、一つの時間軸として、また世界資本の空間把握の面でも重要なモメントになってくる。現在のアセアンの約五・五億人という規模においても既に、EU(四・五億人)、NAFTA(四・三億人)を上回っているが、中国が参加した時点で、それは二〇億人に達することになる。世界で最も大きな勢力となるであろうし、そこで中国が大きな発言権を有することになるのは目に見えている。これは、ごく近いところでの時間表である。
 さて、オバマ政権以降の米国で顕著になってきたこととして、かつての人道圧力路線を緩め、是々非々で中国と相対しようとしているように見受けられる。毎年、米国国務省は、その「国別人権報告」の中で、中国について高見に立った批判を繰り返してはいるものの、実際にはもう面と向かっては言わなくなっている。〇八年三月の「チベット騒乱」についても、米国政府筋はほとんど反応しなかったことを思い起こしたい。米国は別の意味で現実主義を採り、中国を内在的に(正確には統計的に)把握し、その将来像を描き出し、それとどう付き合うべきか考えるようになっている。いわば、中国が「世界」の内部に入ることについて、現実的な選択をしようとしている。もちろんここには打算がある。環境問題について、またイスラム勢力(中国においては東トルキスタン独立運動)の伸長についての共通の利害などである。
 さて、この米国サイドの考え方の変化と同時に進んだのは、中国内部の変化である。時代をちょっと遡って一九九七年の東(南)アジアの金融危機の経験を中国なりに総括すると、為替管理について完全相場変動制にしていなかったことが金融危機の歯止めになっていたとの認識から、政府による経済全般のマクロ調整をますます信じるようになっている。米国帰りの学者が一時期提唱していた「市場の見えざる手」論が近年急速に後景化し、その延長線上において、西側の価値観そのものへの不信も芽生えており、それは例えば現在の「国学(伝統文化)ブーム」にも反映しているようにも見える。たとえば、北京の円明園の十二支のうちの二つの銅首像(兎と鼠)が一八六〇年に英仏連合軍の手によって略奪されフランスに渡っていたのだが、その二体がフランスで競売にかけられた際、それを差し止め返還させようとする運動が起こった。ちなみに、銅像をオークションにかけた持ち主は、「文化財の返還云々を言うヒマがあるなら、その前にチベットの人権状況を考えろ」などと発言していたらしい。このような対立にかかわる言説はほとんどお決まりのもので、特に面白味もないものであるが、時間をさらに引き延ばした際にはまた別の問題意識も生まれて来よう。
 端的に、文革期であれば、くだんの骨董品は革命政治の名において「破壊」の対象にもなっていたはずのものである。また八九年六・四天安門事件の前夜、全面的な近代化を主張したドキュメンタリー作品『河殤』も思い起こされる。この『河殤』は中国的な専制的文化風土を全否定する意図をもったもので、大きく見ればこの路線は後に破たんした。すなわち、中国自身の内部においてかくも大きく、自身の伝統や西洋的価値についての価値付与のモードが一変する。重要なことは、中国が一面では自身の特殊性に安住しているように見えつつも、その都度の国際的な環境の変化に直面しながら、激しく自身を変えてきたという事実である。そこで最も見えにくいのが、この中国内外の変化を繋ぐ「関数」が一体どのようなものなのか、ということである。この「関数」が歴史を作って来たわけであるが、また同時にこの「関数」自体が歴史的な産物でもある、ということだ。
 最後に、共産党政権は崩壊するだろう、といった西側の一部の見方について。少なくとも、中央党のレベル、省・県レベル、基層幹部レベルの機能をそれぞれ分けて分析し、それが一般民衆からどのような評価を受けてきたかを知るべきだ。共産党は革命政党であり、また現時点で対等に政策をリードするライバルは国内において皆無である。だから改革開放に向けて、共産主義社会を実現するための基礎作りの段階として、「社会主義初級段階論」を出さねばならなかった。ということは、裏返せば論理上では、「共産主義社会」が実現された際には、共産党はその役目を終えることになる。最終的には、中国人の見方としては、中国人の幸福と世界人類の平和にとって有用であるかどうかという基準があり、その大きな枠組みの中での中国的な「共産主義」の解釈なのだ、と言える。いずれにせよ、現代中国の歴史をどう理解するかは世界史そのもの、あるいは「近代(モダニティ)」そのものの再解釈を迫るものであることは、再度強調しておきたい。
(東アジア文化論・台湾文学専攻)







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