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評者◆藤田進
「オスロ合意」下の占領・圧殺に抵抗するパレスチナ民衆――イスラエルによるガザ攻撃正当化のうそとその背景を明らかにする
No.2908 ・ 2009年03月07日




 年末から新年にかけてイスラエル軍がパレスチナ・ガザ地区に加えた猛爆撃は、パレスチナ人側に死者約1300人、負傷者約5500人(いずれも3分の1が子ども)、難民創出10万人、家を失った者5万人、家屋破壊4100戸、産業・商業施設の破壊1500カ所、農地破壊35~60%、被害総額19億ドルというとてつもない犠牲をもたらした。
 ガザ攻撃は「イスラエル南部スデロット住民の安全を脅かすハマースのロケット攻撃を阻止するためやむをえなかった」「ロケット弾の製造工場や発射場所をねらった攻撃」による「パレスチナの民衆の犠牲は残念だが、責任は人口密集地で作戦を行うハマス側にある」(12月29日「朝日」紙上の駐日イスラエル大使談)。――このイスラエル政府見解への反論が、1月3日イスラエル・テルアビブでの戦争反対・反占領1万人デモの中からあがった。「戦争以外に方法はないというのはうそだ。イスラエルがガザの150万人住民への封鎖を解けば、カッサーム・ロケットは止まるのだ。……国防相バラクがイスラエル国会での議席を増やすためイスラエル軍兵士を利用したことを、また外相リヴニが首相になるためにユダヤ人・パレスチナ人の殺し合いをそそのかしたことをわれわれは告発する」(デモ主催側代表アブ・ネリの演説文から)(http://zope.gush‐shalom.org/home/en/events/1231029668)。
 世界の主要都市がイスラエルのガザ住民虐殺糾弾のデモで埋まる中、米国はいち早くイスラエルのガザ攻撃支持を表明した。西欧諸国・日本・アラブ主要国はイスラエル軍事行動を非難するよりも、ハマースがイスラエルとの停戦協定延長を拒否してロケット攻撃再開に踏み切ったことがガザの悲劇を招いたと、その責任を厳しく問い、パレスチナ自治政府アッバース大統領もこのハマース非難に同調した。ハマースはなぜ拒否したのか。
 ハマースが昨年暮れ「停戦協定延長」交渉に臨んだとき、交渉仲介役のエジプトはこう切り出した。いわく、「パレスチナ自治政府がヨルダン川西岸とガザに分裂状態にあるのは問題であり、ガザを実効支配するハマースからアッバース大統領側に歩み寄って自治政府再統一化をはかることを要求する。もし応じなければエジプトは封鎖中のラファーの国境線を開かない」と。だが、アッバースに歩み寄るということは、パレスチナ自治政府ファタハ派の「オスロ合意」路線を受け入れることを意味しており、「オスロ合意」に反対してきたハマースにはそれはできず、停戦協定延長交渉はここで途切れた。
 1994年「オスロ合意」にもとづきイスラエル占領下にパレスチナ自治政府が樹立されて、パレスチナ占領の終結とイスラエル・パレスチナの平和実現に向けて期待を抱かせる時期もあったが、パレスチナ人にとって「オスロ合意」の内容は平和にはほど遠いものであった。以下のパレスチナ・ナジャフ大学アブドゥル・サッタール教授の報告は、「オスロ合意」下のパレスチナの実情の一端を伝えており傾聴に値する。(http:www.PalestinetRemembered.com)。
 (1)米国とイスラエルは、パレスチナ人自治政府職員給料を西欧諸国援助金から捻出した。
 (2)パレスチナ自治政府は職員を数万人規模で雇用したが、パレスチナ住民に奉仕する適切な任務を与えられることはまれで、職員の大半が治安関係職員であった。
 (3)パレスチナ人職員の給料は、パレスチナ自治政府が治安対策を講じることやパレスチナ人抵抗活動を禁止するのと引き換えに支払われた。
 (4)職員給料は、パレスチナ人抵抗勢力鎮圧の実績に照らして月ごとに自治政府に手渡された。やがてパレスチナ人自らが反イスラエル敵対行動容疑のパレスチナ人を積極的に逮捕するようになり、パレスチナ人同士の対立が深まっていった。
 94年のパリでの経済会議は、パレスチナ経済を完全にイスラエル管理下に置くことを決定した。その結果、パレスチナ経済は完全にイスラエル経済に依存することになった。いかなる商品も、まずイスラエル企業の手を経ることなしにはパレスチナへ持ち込むことはできない。イスラエル政府は、パレスチナに入るすべての商品の検閲および関税額の決定の権限、またパレスチナ自治政府による諸税を差し押さえる権限も与えられている。パレスチナは商品輸入の拡大で地元生産物やサービスの犠牲が生じて農民、大工、職人などは失業に追い込まれ、パレスチナ人はイスラエルの日雇い出稼ぎ労働へと駆り立てられた。
 06年パレスチナ自治議会選挙でハマースが勝利した直後に、西欧援助国はパレスチナ政府職員給料の支払いを停止して、パレスチナ問題が給料支払い問題に転化した時、パレスチナ人は自分たちの政府指導部が米国・イスラエルの意向に従うのを目にした。米国とイスラエルは給料裁量権を握っているが故に、パレスチナ政府の政策全般を動かすことができるのであり、パレスチナ人自身がいかに金銭的に支配されているかが明らかとなった。
 ところで、ガザの難民キャンプにアフマド・ヤシーンというイスラームのシャイフ(聖職者)がおり、彼は難民キャンプのモスクで子どもたちを教育し住民たちの相談を受けながら、イスラエル占領下の難民の苦悩を熟知していた。89年難民キャンプ住民が反イスラエル占領闘争(第1次インティファーダ)を開始したとき、ヤシーンもイスラーム抵抗運動組織・ハマースを立ち上げた。ハマースはイスラエル軍事占領を人間の道徳的逸脱・退廃と位置づけて徹底した反占領闘争を展開する一方、苦しむ住民への社会的支援体制を組み、民衆的支持基盤をひろげていった。ハマースはイスラエル軍への抵抗手段として暴力を否定しないが、対イスラエル暴力として自爆作戦やロケット攻撃など無差別殺戮の方法をとりいれたのは、イスラエルがヤシーンらハマース指導者たちの暗殺やパレスチナ住民地区への空爆にふみきった94年以降のことである。
 ハマースは、「オスロ合意」下の占領がある限りパレスチナ人に展望はないとの立場を頑として変えなかった。反占領で一貫するハマースへのパレスチナ民衆の支持が高まりゆく中、イスラエルはガザへの長期封鎖と軍事攻撃の圧力によって民衆の離反を企てたが、その結果はハマースのカッサーム・ロケットによるイスラエル国内の動揺となってはねかえってきた。
 中東は世界経済にとり最重要の石油供給地であり、アラブ湾岸から欧米へと向かう石油輸送路のスエズ運河から地中海にかけての一帯がパレスチナである。この一帯の確保なしには、欧米石油メジャーや産油国の巨万の富は成り立たない。欧米諸国やイスラエルがパレスチナ財政支援までしてパレスチナ自治政府擁立に執着するのも、中東におけるPax Americana(アメリカ支配による平和)を維持するためである。だが「アメリカの平和」がパレスチナ住民の犠牲を通じて長く激しく広範な民衆抵抗を喚起している今、米国は中東を取り仕切るパワーとして、これからもイスラエルの軍事占領を容認し続けるのか、それとも「正義」の観念にもとづく変化の兆しを中東にわずかでももたらすことになるのか。米国新大統領は中東においてどちらに向けて舵を切るのかを、ガザのパレスチナ住民は怒りと期待のまじりあった気持ちで見ていることだろう。
(東京外国語大学名誉教授/中東・アラブ近現代史)







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