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評者◆杉本真維子
夢想不動産
No.2907 ・ 2009年02月28日




 一度やってみたい仕事の業種に「不動産」がある。これは十数年前から思っていて実行していないので、これからも実行するとは思えないが〝お部屋探しのアドバイザー〟を経験してみたくて仕方がなかった。でも結局できなかったのには理由があって、1、たぶん正社員しか募集していない 2、片手間でできるような仕事ではない 3、ノルマがありそうなので全く自分に向いていない
ぜんぶ想像だけれど、いずれにしても、今となっては無理としかいえない。週一日、三時間だけだったらできるかもしれないが、そもそも営業職なのだから、考えが甘い、の一言で一蹴されるにちがいない。憧れという言葉もちがって、何といっていいかわからない気持ちだ。不可能だからこそ、一度やってみたかった、という思いだけが、執拗に残るのかもしれない。
 お客さんがあまりこない平日、お部屋のアドバイザー・杉子は、背後にきれいに並べてあるブルーのファイルから、間取図を取り出してにやにやとそれを眺めている。駅からはちょっと遠いけれど、部屋は10平米、ルーフバルコニー40平米なんて物件が出てきた。家のなかにいるのに、部屋にいる時間より、外にいる時間のほうが長くなるかもしれない。うん、いいなあ、でもそれじゃあ、家ではなく外にいたって同じではないか、などと、色々と想像する。同僚から見たら仕事をしているように見えるので、そういうことも可能かもしれない。でも、熱中しすぎには充分気をつける。あくまで、アドバイザーをしつつ、自分の住むための「面白い部屋」を探しているので、これ!というものを見つけたら、お客さんに紹介する前に自分でとってしまう。当然これではノルマは果せそうにないので、長くは雇ってもらえないだろうけど。
 たとえば、さっきのような「バルコニーの広さが部屋の四倍」。それと似たような感じだと、デパートの屋上みたいな場所に建っている小屋。屋上はさすがに専有にはならないが、夜になって誰も上がってこなければ、ぱあっと夜空ぜんぶを抱きかかえることもできたりして。この〝屋上シリーズ〟はなかなか魅力的で、ほかにも、マンションの空調室を住居に改造した物件。意外にも、その異常な狭さ、使いにくさからは、ヘリコプターの操縦室に似た雰囲気が出ていて、サバイバル好きな男性にはうけるかもしれない。それから、三階建ての一軒家だが家の幅が2メートルしかないミニハウス。身体まで縮みそうだけれど、ちょこまか動いて暮らすのもネズミみたいで楽しそう。断っておくけれど、これらは妄想物件ではない。日本のどこかには本当にこのような珍物件が存在する。
 考えてみたら、私には「これが趣味です」と呼べるようなものがないようだ。無趣味……、なんて残酷で、寒々しい響きなのだろう。けれども、ここ十数年、引っ越す予定もないくせに、住宅情報誌、不動産サイトをどれだけ見たかでは、他人の想像をはるかに超えるものがある。私の趣味はたぶん「変な物件を探すこと」なのだ。
 こんな趣味は何にも使えないけれど、本当に引っ越すときには役に立つだろう。でもそれは、あくまで自分にとってだ。「絶対に住めないような部屋ってありますか?」、そう尋ねられたなら、まっさきに答えられるかもしれない。







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