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評者◆増田幸弘
『翼の王国』にある冴えと閃き
No.2907 ・ 2009年02月28日




 むかし、発売日が楽しみで、わくわくするような雑誌があった。なにがしかの特集を楽しみにするというものであったり、連載のつづきが読んでみたいというものであったりした。

 そんな雑誌は編集的な視点でも、またデザイン的な感覚でも、隅から隅まで、神経が細やかに張り巡らされていていたものだ。それに気づくこうが、気づかまいが、わくわくする瞬間、その術中にはまっていたわけである。

 近ごろ、こうした感覚を得るのがずいぶんむずかしくなっている。昔であればビートルズのLPレコードを一枚、手に入れるごとに、彼らがやろうとしていた音楽の変化に、身体が震えるほどのものを感じたものだった。

 しかし、いまの子どもなら、MP3化したものをiPodにいれて渡してそれを素直に受け入れるだけだろう。新たな一枚を入手する感慨も、A面とB面を裏返す間合いも、すでに縁遠いものになっている。

 雑誌のページを一枚一枚たぐりながら、そこに喜びを感じることも、もはやものすごく鈍くさいことなのかもしれない。ネットサーフィンをしながら、次々にリンクを飛んでゆき、ときおりなにか目のとまったことに書き込みする。スピーディーで刹那的な感覚が今流なのだろう。

 こうした時代、雑誌が次から次へと廃刊に追い込まれているのも、無理からぬことかもしれない。漫画雑誌でさえも、部数減にさいなまれている。それも読者にわくわく感を抱かせる雑誌が少なくなったからだろう。買ってまで読まないよ、とごく一般的な人はいうかもしれない。まして発売日を楽しみにされているような雑誌はいまどききっと少数派なのだろう。

 そんななかにあって、ANAの機内誌『翼の王国』が断然おもしろい。ANAという航空会社の広報誌に位置づけられ、飛行機に乗れば無償で入手することができる。そのため表紙に「ご自由にお持ち帰りください」とまで書いてある。機内で目を通すだけの人もいるだろうし、実際持って帰る人もいるだろう。定期購読もすることができ、この場合は自宅まで郵送される。

『翼の王国』のおもしろみはエディトリアルの冴えと、グラフィックデザインの閃きが、うまい具合に絡み合うことから生まれてきたものだ。この冴えと閃きが実に絶妙に絡み合うことで、躍動感が生まれてきているのである。広告価値を高めるために、収入や年齢などを絞ったターゲット雑誌が多いなかで、この『翼の王国』は飛行機に乗る人すべてが読者になりうることを想定している。

 2月号でぼくは「チェコ真冬のカーニバル 小さな村で過ごした祭りの一日」というグラビアを担当した。編集者に写真と原稿を渡し、組み上がってきたページを見たとき、ちょっとした驚きを感じた。編集的なセンスのよさというのだろう。写真の選び方も頷くものがあった。

 さらに掲載誌が送られてきたとき、『翼の王国』という雑誌は、いま日本の雑誌のなかでも、他を一歩も二歩もリードしているのかもしれないと感じた。特集は「ラッコのうみ ~アイアイ先生のモントレー探訪記」と「高松 いただきさんが通る」だった。

 なかでも方言を見出しに活かした「いただきさんが通る」のレイアウトが、ローカル色あふれるテーマをよりいっそう引き立てている。自転車を引く行商のおばさんの写真に、「ギイコギイコ」と金赤の文字を踊るような組みで入れてしまう。これはすごい。タイの写真には「たいいた!」と同じような文字が躍る。「鯛をください」の意味なのだそうだ。

 このようなセンスははずすととんでもないことになりそうなだけに、編集的な手腕が問われるむずかしさがある。それを奇をてらうこともなく、肩に力を入れることもなく、さらりと仕上げているところに味わいがある。

 このほかにも多くの書き手や写真家の手によって生み出されたバラエティー豊かなページが繰り広げられ、頭から足の爪先まで、ぎゅっと詰まっている。広告の入り方もいい。

 ぼく自身が寄稿していることもあって、ちょっと身贔屓のようなところもあるかもしれない。しかし、ぜひ今度飛行機に乗るときはANAを選び、手前のポケットにある機内誌を手にして、エディトリアルの冴えと、グラフィックデザインの閃きという絡みの観点から、ぱらぱらとでも眺めてみてほしい。いま雑誌に求められているものがそこにあると気づくはずだ。







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