書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆杉本真維子
カラス
No.2905 ・ 2009年02月14日




 最近、ふと気づくと、カラスが一羽、自宅のベランダの手すりにとまっている。あ、と思い、立ち上がって近づこうとすると、びくっとして一歩さがり、手すりの外側に括ってある衛星放送のアンテナにとまる。逃げるということは、別に何かを私に望んでいるわけではないのだな、と思い、ソファに座ると、今度は一歩前へ出て、また元の手すりにとまる。
 いったい、何を考えているのだろう。細い二本足で器用に身の回りのことを何でもやってしまう鳥だ、何か物凄いことを考えているのかもしれない。それとも、ただ覗いているだけなのだろうか。うちになにか面白いものがあるのかなと、カラスの視点を想像しながら、家のなかを見回してみる。それにしても、ずいぶんな執着でこちらを見ている。私もまけずに見つめかえす。くちばしは鋭くなく、まるみがあって、あどけない顔をしている、まだ子どもかもしれない。 
 しばらくしたら、飽きた、という顔をして、空へと飛び立っていった。けれども、すぐに舞い戻ってきて、手すりにとまっている。今度は、くちばしが細く、さっきとはちがうカラスのようで、観察しているうちに、おそらく三羽くらい、ちがうカラスが交互にとまりにきているのだとわかった。でもいったい何のために、だろう。もう出かける時間が迫ってきたので、じゃあね、と小さく言って、カーテンをしめた。
 エレベーターを降りて、ベランダから見下ろせる大通りを反対側へ渡った。そこから自分の家の窓を見上げてみると、まだ一羽、きょろきょろと首を傾げて部屋のなかを覗いている。さらにすぐ上の屋上(私の家は最上階なので)にも一羽とまっていて、手すりにとまっているそのカラスの、監視役をしている様子だった。なるほど、部屋のなかにいるときは、そこまでは見えなかったので、へえ、そういうことになっていたのか、などと思いながら、駅へ歩きだしたが、何が「なるほど」なのか、その内実も、自分が感動している理由も、全然わからなかった。
 でも、瞬間的に、私は腑に落ちるものを感じていたようだった。だから、その直後には、私の頭のなかは、これから会う人のことに変わっていた。ぱっとカラスが手すりから飛び立ったように、頭のなかからも、カラスは飛び立っていった。
 そんな優しい消え方に、むくむくとあこがれのような気持ちが湧いてくる。そんな消え方、人間にもできるだろうか。もしできたら、自然と、あたたかい羽が生えてくるような気がする。そんなリクツが、とどこおりなく、こころのなかで輪を結んでいく。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約