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評者◆杉本真維子
「眠りたい気分」  
No.2903 ・ 2009年01月31日




 急に「眠りたい気分」になることがあって、そのまま眠ってしまうことがある。それは単に眠くて眠る、ということとは厳密な意味で違う。といっても、眠っている姿はただ眠っている人の姿であって、見た目は変わらないのだけれど。
 大学時代、友人が「なんとなく眠りたい気分」とつぶやいた。そのときは、講義中だったので、退屈だから眠いのだと解釈してもよかったのだが、なぜかそうは思えず、心にひっかかるものを感じた。何年も経って、その意味がわかる気がしている。簡単に言ってしまえば、ようするに「滅入った気分」なのだが、それが瞼を重くして、眠りたい気分にさせるとは、どういうことなのだろうか。
 よく言われるように、「眠り」と「死」は密接な関係にある。たとえば「眠るように息をひきとった」と、人は他人事のように口にしたりするが、実際、私たちは毎晩、布団のなかで、得体の知れない暗闇に落ちる瞬間を体験しつづけている。それはいつかやってくる本物の死へのレッスンを一生かけて行なっているようなもので、じつは怖いことであるし、眠る前に泣き出す乳幼児はそのことを生々しく知っているからかもしれない。ほかにも、眠りと死の交点は日常に散在している。そこへあえて「眠りたい気分」をきっかけに潜り込もうとすることは、たしかに現実逃避ではあるが、一方では、眠りという「死」によって自らの内面をリセットし、そこをくぐることで再生を目指すという、ポジティブな目論見でもある(そういえば、人間の生理がもっとも「再生」を得意としている)。
 そんなわけで、私もまた、数時間前に「死」へと誘われ、今すっきりと目覚めてこの文章を書いている。今回のきっかけは、言うのもちょっと憚れるのだけれど、たまたまインターネットで「喋るねこ」を見たからであった。私もねこと住んでいるが、そのねこは飼い主が「ただいま」と言うと「おかえり」と喋った。衝撃を受け、足元で寝ているねこを見つめ、うちのも喋らないかなあ、とほんの少し望んだ。そこにいるだけで充分、それ以上望むことは何もないのに。一瞬でも比べてしまった、そのことが、楽しいはずの話題をすっ飛ばし、思いがけず心の底に「罪」のようなものを一つ残した。こんな些細なことで、と自分でもあきれるが、このあたりから私は、うとうとと「眠りたい気分」になり、何かをやり直したくなって、朝まで眠ってしまうのだが、もしかしたら、単に眠り(「死」)の口実を探しているだけかもしれない。








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