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評者◆斎藤貴男
グローバル金融資本の弊害をどう制御し改善するか――「トービン税」と「ベーシック・インカム」の議論を提案する
No.2902 ・ 2009年01月24日




 年頭に当たって提案したい。今年は「トービン税」と「ベーシック・インカム」の議論を深めるべきだ。いや、今この時代だからこそ、よりよい形での実現に向けて、徹底的に掘り下げられなければならないと考える。
 「トービン税」というのは、国際為替取引に課税して投機を抑制するとともに、その税収を途上国への支援に充てるという構想である。もともとは一九七九年のノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・トービン(故人。当時はイェール大学教授)が、変動相場制への移行期に通貨価値の安定を図る狙いで提唱したアイディアだが、九〇年代後半以降、グローバリゼーションの弊害を包括的に改善する手段になり得るのではないかとされ、世界的に注目を集めてきている。
 「ベーシック・インカム」は文字通り〝基本所得〟のこと。就労の有無や所得の多寡にかかわらず、政府がすべての個人に対して無条件かつ一律に最低限の所得を保障する制度で、受給資格に条件がつく生活保護とはまったく違う。やはりグローバリゼーションがもたらす、こちらは主に国内における貧困やマイノリティに対する社会的排除の問題を解決に近づけようとする政策プランだと言っていい。
 前者は国際経済、後者は社会保障の分野では常識的な知識だ。ヨーロッパでは、たとえばフランスがトービン税の趣旨を広く捉えた航空券課税を二〇〇七年から導入しているし、ベーシック・インカムについても、提唱者であるゲッツ・W・ヴェルナー(カールスルーエ工科大学「起業家精神養成のための学部横断研究所」教授)のいるドイツを中心に、公的な場での具体的な検討が進んでいると聞く。
 ところが日本では、一般に広く知られているとは言いがたい。マスメディアもあまり取り上げたがらないのは、グローバル・ビジネスの価値観を絶対視した構造改革下の国家システムと鋭く対立しかねない部分があるからではないかと穿ちたくもなってくる。
 だとしても、もはや限界だ。年末年始の東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」の光景に、すべては凝縮されていた。
 各地の製造業で相次いだ派遣契約の打ち切りなどで失業し、行き場を失った人々が、数百人単位で集まり、テントに寝泊りした。三が日明けには厚生労働省の講堂に移動して、さらには廃校になった小学校の体育館など、都内四か所の施設が彼らのために開放されるに至った。
 「本当にまじめに働こうとしている人たちなのか。学生紛争の頃と同じ戦略のようなものが垣間見える」。仕事始めの挨拶でそう発言して顰蹙を買い、野党に罷免の要求まで出されたのは坂本哲志・総務政務官だ。少し前までなら、逆に「そうだ、そうだ」の大合唱が沸き起こったのかもしれないが、すでに潮目は変わっていた。
 グローバル金融資本の暴走が、世界経済をめちゃくちゃにしてしまった現実を、大方の人々が目の当たりにしているからだ。かくて減産を迫られた大手メーカー各社が、莫大な内部留保を取り崩すこともなく、あろうことか株主への配当を増配さえしながら、いとも簡単に労働者を切り捨てていくことができるのも、まさにグローバル・ビジネスの論理すなわち新自由主義の思想に従って進められた構造改革が生み出した、非正規雇用という現代の奴隷システムの必然的な結果だったのだと、誰もが思い知らされてしまっているのである。
 筆者の場合、いわゆるサブプライム危機が広がりつつあった二〇〇七年の秋、ニューヨークとクリーブランドで現場を見て歩く機会に恵まれた。ローン業者は六十歳を超えた無職のシングルマザーに日本円換算で五千万円以上を貸し出して、築八十年のボロ家を買わせる。学のない彼女は契約書の内容を理解できないが、収入がないのだから返せっこないと疑いの眼差し。業者はにっこり笑って弁護士を同席させ、その目の前で契約書に「○○宝石店営業部長、年収二十万ドル(約二千万円)」と書き込んだ――。
 当の本人たちから、そんな話ばかりを聞かされた。サブプライムローンは融資から何年か経つと急に金利が高くなるので返せなくなる人が続出して云々の解説がしばしばなされるが、何のことはない。ローンの仕組みのはるか以前に、インチキ以外の何物でもなかったのが、サブプライムローンという〝打ち出の小槌〟だったのだ。
 ローンが組まれれば、業者はすぐにその債権を転売する。初めから返済してもらうつもりなどない。債権はやがてCDO(債務担保証券)などと呼ばれるデリバティブ(金融派生商品)に組み込まれ、世界中の投機マネーに買われていく。
 要は貧しい人間をタネに、地球を己が賭場に見立てた究極のババ抜きだ。世界経済を支配する資本家たちのお遊びに引っ張られて、ついには実体経済までおかしくなったが、改めて指摘するまでもなく、彼ら自身の懐は特に痛むこともない。被害はひたすら下々に押し付けられる。わかりきっていたことが、わかりきっていた通りになった。それだけのことだ。
 かつて竹中平蔵・慶応義塾大学教授(後に小泉純一郎内閣で経済財政担当相、総務相などを歴任)とともに構造改革の旗を振った中谷巌・一橋大学名誉教授が、昨年末に〝懺悔の書〟を刊行した。『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)。経済社会の現状に鑑み、過去の言動を悔いている。〈おそらく、新自由主義というのは単に学術的な、あるいは論理として「正しい」ということで支持を集めたというよりも、一部の人々、はっきり言ってしまえばアメリカやヨーロッパのエリートたちにとって都合のいい思想であったから、これだけ力を持ったのではないか。新自由主義思想の「個人の自由な活動を公共の利益よりも優先する」という理屈自体は間違っていないとしても、一方では、それは格差拡大を正当化する絶好の「ツール」になりうるからである〉
 何を今さら、とは言うまい。ともかくも新自由主義と構造改革の本質は白日の下に晒された。
 機を見るに敏な人々は、このままでは資本主義の未来も危ういことを承知している。トービン税に近い発想の国際税制の創設を目指す国際会議が、今年はいくつも予定されているようだ。日本でも昨年二月、自民党の津島雄二や与謝野馨、民主党の岡田克也、公明党の神崎武法各氏らが超党派で、「国際連帯税」導入を目指す議員連盟を発足させていた。前記フランスの航空券税をモデルにしたい意向のようだが、マスメディアは特段の関心を示そうとしていない。
 密室での政策プランニングがろくな結果をもたらしたためしはない。グローバル金融資本の制御という意義がいつの間にか捻じ曲げられてしまうことのないように、彼らも、議論も公の場に引きずり出そう。
(ジャーナリスト)







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