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評者◆杉本真維子
紋切り型(フレーム)という退屈
No.2901 ・ 2009年01月17日




 世の中には〝償いとしてのパイプカット〟なんてものがあるらしい。もちろん、このようなことは一般的なことでは全然ないだろうが、夫婦間の争いの果てでこんな「儀式」が行われた、という話を、先日、昔の同僚から聞いてぎょっとした。
 理由はなんであれ、他者の要求をのみ、手術をして、身体の一部を失うことによって償いをする、という発想が凄い。なんとなく、拷問の匂いがあるし、なにより、神や司法という目に見えないものからではなく、ひとりの個人から受ける肉体的な「罰」であるというところが。……でも、ほんとうに「いい」のだろうか。私は、正直、ちょっと気持ちの悪い話だなあと流していたが、引き返してこれを書いている。
 もしかしたら、世の中の「悪」とは、どうせ他人事と(とりわけ家族間という「愛情」の塀の中で)、周囲に無視される部分に置き去りにされていて、それがじわじわと放出されたときに目に見えるのかもしれない。痛みと引き換えにという発想はやはり暴力だが、現代において強く批判されなければならないのは、このようなことを受け入れてしまう、当事者たちの鈍感さだと思った。家という〝ぬるい〟密室が、暴力という非日常を日常化させる、DVの恐怖と同じ種を、この話はどこかに隠し持ってはいないだろうか。 
 また、もっと突っ込んでいえば、私はここに〝紋切り型〟の退屈さも感じていた。何かのテレビドラマにあるような話で、それでいて、リアリティがあまりない。そのバランスの悪さは、パイプカットという言葉にもいえている。
 具体的な内容が避けられ、ぽっかりと中心が空いている言葉。カタカナの軽い語感で婉曲に表現されているが、実際は身体にメスを入れ、精管を切断し、健康な身体に傷を入れるわけであって、言葉と中身のギャップに、言葉に敏感な人なら、なんとなく生理的な不快感を覚えると思う。そして、さっき「テレビドラマ」のような話といったが、罰を与えたほうの人は、その正当性について「芸能人の○○だってやらされているんだから普通のこと」と芸能人の名前を並べ立てたそうで、ますます複雑な気分になった。生々しいのに、なぜこうも空疎なのだろう。
 芸能人という「虚構」と「私」を相対化すること、「他者」と「私」の身体の取り違えを「普通」と考えること、もしも本気でそう考える人がいるなら、いつ路上で他人に刃物を向けてもおかしくない、危機的な世界を背後に控えることになる。テレビという番組の一時間の枠、画面のフレーム、はたまた家族、社会というフレーム……、そこからはみだした柔らかなものが私たちの生の本質であるのに、そこをばっさりと切り落としてしまう、残酷で、単純化された視点が、このエピソードにはうっすら通っている気がするのだ。
 ほんとうに下世話な話なのだけれど、私が感じたのは「あらゆるフレームを破壊せよ」ということであった。いま、詩人の仕事は、ほんとうにここにあるのかもしれない。







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