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評者◆金子勝
大恐慌と似て非なる新型「恐慌」――長期停滞の時代が訪れる
No.2901 ・ 2009年01月17日




 日本の景気が急速に悪化するにつれ、この世界同時不況がようやく「百年に一度」の危機であることが認識され始めた。今や米国発の金融危機は、ヨーロッパにも波及してユーロ圏もマイナス成長に入った。比較的楽観論を出す傾向にある世界銀行でさえ、二〇〇九年の経済成長率は0・9%と予測する。日本を含む先進諸国は軒並みマイナス成長、途上国・新興国も成長率は4・5%。4・5%は一見すると高いが、それでは人口成長率を下回るので、一人当たりでは実質マイナス成長である。こうした事態は戦後初めてのことである。
 今回の金融危機は、しばしば大恐慌と比較されるが、大恐慌と何が同じで何が違うのか、立ち止まって考えてみる必要があるだろう。証券化とグローバル化によって大恐慌とは似て非なる現象が起きているからだ。
 たしかに、当時と違って失業率は30%になっていない。だが、非正規労働者が大量に生み落とされ、当時と違って社会的セーフティネットが一定程度普及したこともあって問題が隠れている。実際にはワーキングプアの貧困は深刻だ。さらに大恐慌より深刻な面もある。大恐慌の時は、日本でもアメリカでも中小の金融機関がつぎつぎと連鎖倒産したが、大手金融機関は持ちこたえた。だが、今回は世界の名だたる金融機関が国有化され、公的資金による救済を受けており、グローバル化した国際金融市場を麻痺させている。
 その中で、アイスランド、ウクライナ、ハンガリーをはじめ中小の新興国では国家がデフォルト(破綻)する危険性が生じている。通貨が非常に不安定な動きをしている。大恐慌時にはなかったことだ。IMFを中心に緊急融資をして支えようとしているが、それだけでは十分ではない。投機マネーからの防衛のために通貨圏を形成しようという動きが強まっている。たとえば、ユーロは下落を続けているのにユーロ圏は拡大している。中東諸国はドルペッグ制を離れる動きが出ており、ロシアは中国と二国間貿易はルーブルと元で行おうと呼びかけている。
 たしかに、大恐慌の時期には多くの国が金本位制を志向しており、金準備に縛られて通貨供給量を増やせず、デフレ経済に陥った。しかし現在は、そういう縛りはなく、先進諸国が協調して金融緩和政策をとれる。大恐慌期のように株価のボラティリティ(浮動性)は高いが、一気にパニックに陥ることはなくなった。何らかの政策が打たれる度に、株価が持ち直し、実体経済の悪化とともにまた下落する。現代の金融危機はスローパニックの様相を呈することになる。
 その中で、ついに米国はゼロ金利となり、さらに昨年11月24日のブルームバーグの報道によれば、米政府とFRBが支払いを約束している額は7・7兆ドル(700兆円以上)に及ぶ。金融機関への公的資金注入や救済融資、不良債権化した住宅ローン担保証券や社債(CP)の買い取りなどによって、何とか短期金融市場の金利を低下させている。つまり金融市場の麻痺を国家信用が代替している状態になっている。まるで戦時中の日本銀行を見ているようだ。さらに、米国のFRBは世界の二〇カ国の中央銀行と通貨スワップをして世界中にドル資金を供給している。FRBはまるで世界中の最後の貸し手と化しているようだ。これが失敗すると、世界中で通貨体制が著しく揺らいでしまう危機にさらされている。これまでにない歴史的実験が行われていると言ってよい。
 たしかに、米国への信用が続くかぎり、こうした処方が有効性を持つ。ところが、基軸通貨国のアメリカが巨額の財政赤字と貿易赤字を抱え、新興国の中国、ロシア、中東諸国などに支えてもらうという複雑な構図が生まれている。米国経済の落ち込みが長期化すれば、ドル暴落という国際通貨体制が根本的に動揺してしまう危険がある。かりに大不況を脱出できたとしても、すでにばらまかれたドルが暴落したり、再び石油インフレや投資バブルのいずれかが発生したりする危険性が高い。
 一つの時代が終わった。一九九〇年代初め、計画経済を基本とする社会主義体制が市場経済を導入せざるをえなくなった時、その原理とは反対のものに行き着いた。それと同様に、市場原理に基づくグローバリゼーションが、先頭に立ってきた世界的金融機関が正反対の国有化や公的資金の投入に行き着いた。それどころか、国際金融市場の麻痺を引き起こしている。相変わらず規制緩和が足りないとか、金融立国は間違っていないといった主張が行き交っているが、百害あって一利なし、である。
 国際通貨体制の問題も含めて、新しい金融ルールができないかぎり、金融危機は最終的には落ち着かないだろう。欧州側から新しいブレトンウッズ体制をという議論も出ているが、米国と欧州および新興工業国の利害は対立して難航するだろう。オバマ次期米大統領もそういう方向に動くだろうが、米国の金融利害に縛られて、すばやくは動けない。その意味では、この世界金融危機は長く不安定な時代の幕開けなのかもしれない。
 一国レベルで見ても、経済政策も有効性を失いかけている。大恐慌期には、市場主義に代わる、いくつかのオルタナティブが生まれた。ケインズ主義、ネップのような計画経済そしてシュンペーター・ビジョンである。社会主義計画経済は二〇年前に終わった。また日本でもそうだったように、ケインズ主義的政策は急速な信用収縮を食い止められない。シュンペーターのように達観して技術革新を待つことはできない。
 その中で、オバマ次期米大統領は「グリーン・ニューディール」によって「環境エネルギー革命」を進めようとしている。今回の金融危機が「資源インフレ」と「資産デフレ」が重なった、つまり石油ショックとバブル崩壊が重なった異例のスタグフレーションで始まったことを思い起こそう。今は世界同時不況とともに石油価格が急落しているが、少しでも景気が浮揚すれば、たちまち資源インフレで景気が腰折れする危険性が眠っている。この危機は、エネルギー転換という意味でも「百年に一度の危機」なのだ。
 よくみると、オバマのグリーン・ニューディールは、この資源インフレと資産デフレを同時に解決しようとする政策になっている。単なるマクロ経済政策では信用収縮を止められないとすれば、信用収縮を吸収するに余りある環境投資ブームを作らなければならない。しかし同時に、そのブームがもたらす石油価格の上昇をも吸収する必要がある。しかも、グリーンスパン元FRB議長がITバブルの崩壊を住宅バブルに乗り換えて吸収したのとは異なり、金融セクターによる信用膨張だけが肥大化していくのではなく、その後も持続的成長を可能にする産業フロンティアをもたらすブームでなくてはならない。何よりオバマのグリーン・ニューディールの持つ政策的意味はそこにある。
 しかし、米国は一兆ドルを超える財政赤字を出すと予想される。米国債を吸収するには、新興国を含めた「協力」が必要となる。その意味で、米国はもはやブッシュ政権のような一国決定主義をとりえない。オバマは、地球温暖化阻止という世界中が協力できる錦の御旗を掲げて、その先頭に立つことで多極世界の下で米国の覇権を再生する戦略を示したと言い換えてもよいかもしれない。だが、それが成功するかどうかは、オバマ政権発足直後の一〇〇日間にどこまで強力な環境エネルギー政策をとりうるか、また二〇一〇年の中間選挙前に、経済が底打ちできるかどうか、にかかっている。この深刻な金融危機の進行との競争に勝てなければ、長期停滞の時代が訪れるだろう。
(慶應義塾大学経済学部教授)







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