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評者◆徐勝
歴史の報復――日韓保守政権の相似とコントラスト――韓国ニューライトが全国教職員労組への攻撃と教科書改悪を策す
No.2898 ・ 2008年12月20日




 11月27日、ソウルのS女子高で3年生250名を対象にして、「現代史特講」が行われた。そこで情報部出身の李東復北韓民主化フォーラム常任代表は、「38度線が引かれていなかったら、諸君は北朝鮮の女学生になっていた。分断されたので、自由民主主義による発展と繁栄を遂げられた」、「済州4・3事件は共産主義支持勢力による反乱である」、「(朴正煕時代には)連行して唐辛子水を飲ませるような事(拷問)が頻発したが、正常にやっていたなら、今日の大韓民国はなかった」などと、分断を肯定し、大統領の公式謝罪を含め「誤った国家暴力の行使」として評価が定まった済州4・3事件を誹謗し、人権と民主主義を否定する暴言をためらわなかった。これは、「高校生の健全な価値観と正しい歴史観、国家観を確立する価値観教育」として、ソウル市教育庁が計画したものだ。特講は来年2月までにソウル市内の302校で実施されるという。
 この講座は、さる5月に選ばれた孔貞澤教育監の下に保守陣営が主導して、ソウル市教育庁が進めてきた。講師には韓国史学者は含まれず、軍人や情報機関出身者、「従軍慰安婦は自発的であり、強制動員の証拠はない」と発言した安秉直ソウル大名誉教授や植民地近代化論者たち、さらに独立志士、安重根を極右テロリストと表現したリュ・ソクチュン延世大教授など親日・親米の右翼人士が大部分を占め、教育の〝右偏向〓だと非難が巻き起こっている。
 また、12月5日、ニューライト全国連合など右翼団体からなる「反国家教育 抉国民連合」は全国教職員労働組合(全教組。4月現在7万4597人)の内、ソウル地域の4930名の名簿を公開した。これに先立ち、同連合は10月15日、全教組を国家保安法上の利敵団体構成などで検察に告発している。
 同連合は全教組教師の偏向教育、父兄の「知る権利」を公開の理由としているが、全教組は「個人情報公開法」などに違反するばかりでなく、国家保安法上の利敵団体として告発をした上でのことであり、誣告罪や名誉毀損にもあたり、労働権の侵害であると反発を強めている。
 ニューライトの思想は、1980年代のサッチャー政権やレーガン政権の基調をなすもので、福祉国家論の否定、公共部門における市場主義と市民権の制限を内容とする。韓国では、進歩的傾向の金大中、盧武鉉両政府の下で、既得権喪失の危機に直面した親米・親日の保守層や投機的蓄財で利己的になった中産層の間で拡散した焦燥感を基盤に台頭してきた。このような背景から、2005年11月にニューライト全国連合が創立され、反共連盟の後身である自由主義連帯と共に極右の二大組織となっている。
 同連合は先の大統領選挙では李明博候補を支持して、院内にも進出し勢力を拡張し、先春の米国産牛肉輸入反対運動に端を発したキャンドルデモに反対デモを張るなど、事あるごとに進歩的市民運動に対抗してきた。その最も重視する問題は、歴史認識と教育問題であり、李明博政権発足以来、反共右翼の立場から学校教育現場の掌握を目指して、一方では、教科書の書き換え、他方では全教組の破壊に腐心してきた。
 ニューライト教科書フォーラムは、今年3月に「現行の歴史教科書の理念的偏向を正す」実証的記述を標榜し、『代案教科書 韓国近・現代史』を発行して、12月1日にその現代史版、『韓国現代史』を刊行したが、その実証性において歴史学者から厳しい批判を受け、日本の「新しい歴史教科書」の後追いであると指摘されている。
 その基本的な論点は、(1)日本の植民地支配は朝鮮の近代化の基礎を作り、有益であった。(2)李承晩による分断国家、大韓民国樹立を「建国史」の立場から肯定し、(3)李承晩、朴正煕の独裁政権を反共自由主義、市場経済による発展を築いたと評価し、(4)麗水・順天事件、済州4・3事件などの民間人虐殺事件を「アカ」の暴動と規定し、(5)南北朝鮮の和解・協力を否定して、北朝鮮政権の打倒と反共統一の立場をとっている。
 李明博政権と右翼は全教組に対しては、公的支援の打ち切り、団体協約権の無効の通達、上述のような実名暴露やメディアを通じた集中的誹謗キャンペーンなどによる攻撃を繰り返している。全国経済人聯合でも3月、市場経済に否定的で反企業的だと教科書を批判し、『楽しく学ぶ体験経済』を刊行して、1万部を現場の教師たちに配布した。政府が教育科学部に指示をさせ、国防部は6月に全斗煥を高く評価するなど、「高校教科書韓国近現代史改善要求」(25項目)を提出した。教育科学部はまた、10月16日、国史編纂委員会に「大韓民国の正統性を強調……北朝鮮に批判的記述」した教科書作成ガイドラインを含む、「韓国近・現代史教科書(6種)分析報告書」を提出させ、教科書出版社に「修正意見書」を手交し、金星社などは、執筆者の同意なしに修正をすると発表した。
 保守派による教育現場の掌握と教科書改悪の流れは、近年の日本で顕著になってきたが、その間、民主化と平和・和解という目覚しい政治的発展の中で日本の識者から評価をされてきた韓国が、逆に日本の右傾化をモデルに、「いつか来た道」へと逆行するのは歴史のアイロニーである。
 しかし、すでに破綻したブッシュ政権の後追いをして、新自由主義とネオコン的思考で今後、4年余りの任期を乗り切ろうとする李明博政権のスタンスは、アナクロニズムとしか言いようがない。
 まず、世界金融経済危機の中で、野放図な国際金融資本の手に韓国経済の運命を委ねようとする李明博政権の経済政策は完全に逆モーションとなっており、「経済大統領」を掲げて当選した政権は極端な経済危機にあえいでいる。次にブッシュ・マケインへの支持に固執してきた李明博「親米政権」は、オバマ政権の登場で、歴史の流れを誤読し苦境に陥っており、それはまた、強硬一辺倒の対北朝鮮政策の手詰まりにつながっている。最後に、盧武鉉政権の生硬さを嫌った国民のムードの中で政権についた李明博政権ではあるが、韓国の民衆が築き上げてきた、民主主義、平和、民族和解への指向を一挙に逆転させられないことは、先春のキャンドル・デモの高揚や、20%ほどに低迷している李明博政権への支持率から見ても明らかである。
 王朝が交代すれば、「正史」が書き換えられると言うが、歴史の書き換えや強要は、手厳しいしっぺ返しを食らってきた。今、日韓保守政権は、そのアナクロニズムにおいて相似性を示しているが、その歴史的経験のコントラストは次の展開を異なったものにするだろう。
 いずれにしても、未曾有の世界経済危機の中で、日韓共に深刻に歴史の教訓をかみしめ、新たなる希望を切り開いていってほしいものである。
(ソ・スン 立命館大学コリア研究センター長)







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