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評者◆増田幸弘
出版・メディアの活況
No.2897 ・ 2008年12月13日




 出版社につとめる編集者の友人・知人から日本の出版業界についてのニュースを聞くたびに、なんだかとても悲しい気持ちになってくる。人文書がまったく売れないというのだ。もともと人文書はすぐには売れずに長い月日をかけて売るものとはいわれてきたが、まったく売れないとなれば話は別だ。

 新聞や雑誌も厳しい状況にさらされている。全国紙・地方紙に限らず、どこも部数減に悩み、広告収入が激減しているとの嘆きばかりである。“天下の”朝日新聞でさえ、初の赤字決算なのだそうだ。雑誌の廃刊が相次ぐなか、それに追い打ちをかけるかのように、原稿料が半額にまで落ち込んだと、声を落とすライターやカメラマンもいる。売れずに部数が減っているのだから、それも仕方がないことなのだろう。

 こうした声は悲鳴のように日本から聞こえてくる。いい話がなにひとつない。フリーランスの書き手の一人として、書く場がひとつ、またひとつ消えていく状況には、正直、愕然とするものがある。目の前にそびえていた大きな山が、ばらばらと崩れ落ちていくかのようだ。

 一方、日本の出版・メディアを取り巻く状況が嘘のように、チェコではメディアが活況を呈している。少なくともそのように見える。日刊紙やフリーペーパーがプラハだけでも何紙もあるし、雑誌の創刊も相次ぐ。書店には山ほどの新刊本が並び、客の入りも悪くはない。地下鉄駅構内には新刊本を宣伝するポスターがやたらよく目立つ。歴史的に見てもチェコはメディアの勢いのある国だった。1928年、プラハでは1800もの新聞や雑誌が発行されていたという。

 チェコ語の出版物はチェコと隣国のスロヴァキアしか市場がなく、最大でもチェコの人口1000万人、スロヴァキアの500万人、合わせて1500万人というのが市場の最大規模である。日本に比べて10分の1程度だ。それでも活況を呈しているように見えるのは、それだけ読者がいるからということになるのだろうか。

 ヴィレーム・クロップ(http://www.lgp.cz/author/vilem-kropp/)という写真家が社会主義の時代に撮った写真展に行ったとき、一枚の写真に注目した。それはとある旅行記を買うため、本屋の前に長蛇の列ができている模様をとらえた写真だった。いまでいえばゲームのソフトのために徹夜で並んでいるような感じの行列だ。キャプションには、「いまでは望むべくもない、出版社にとっての夢の時代」とあった。

 カレル大学日本語学科の教授がこんなことを言っていたことを思い出す。「社会主義の時代、谷崎潤一郎の『細雪』のチェコ語訳が8万部ほど売れました。日本文学は当時でも比較的自由に翻訳が認められていたため、“西側”の世界に触れる少ない機会だったのです。いまなら3000部がせいぜいでしょうか」

 同じ本を出しても8万部と3000部では大きな違いである。それでも日本に比べ、チェコのメディアの元気がいいように感じられるのは、なにかを伝えたいというモチベーションの格差があるようにも思える。それだけ言いたいことがあったのなのだろう。チェコで読む日本の新聞・雑誌は、コンビニに並ぶ「お弁当」のようだと感じることがある。見た目もいいし、おかずもたくさんついている。きちんとつくられているようにも見える。でも、肝心のものが欠けている。母親が子どもにお弁当をつくるときの愛情や熱意だ。だからちっともおいしくない。それと同じだ。

 チェコのメディアに原稿を書くと、原稿料の安さに驚かされる。雑誌のページ単価はよくても2500円程度。それでもまだいいほうで、そもそも原稿料がもらえないことも多々ある。アンガージュマンになると思って書いてはいるが、これだけではとても食べていくことはできない。それでも書きたいと思う書き手がいるから、活気が生まれるのではないだろうか。ジャーナリズムなんてそもそもそんなものかもしれないと、ふと思ったりする。

 日本では食えないからと廃業するフリーランスが後を絶たないと伝え聞く。ずいぶんお世話になった制作プロダクションも今年倒産してしまった。しかし、食えない時代だからこそ、実はよい機会なのだと発想を変えてみるのは大切かもしれない。チェコのフリーランスたちを見ていると、そんなふうにも感じるのである。

(写真はプラハの地下鉄駅構内に貼られたポスター。中央に村上春樹の“新刊”『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のチェコ語訳のポスター。右手は『ハリー・ポッター』)







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