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評者◆増田幸弘
ミラン・クンデラの密告レポート
No.2893 ・ 2008年11月08日




 共産体制下のチェコスロヴァキアは密告社会だった。隣人が、友人が、妻が、夫が、見知らぬ人が、人を密告し合ったという。密告して点数稼ぎをすれば、電話線を引く順番が早く回ってきたり、希望する職種に就けたり、出世が早くなったりと、なんらかの見返りはあったようだ。
『存在の耐えられない軽さ』などの作品で、チェコの代表的な作家として日本でも広く知られるミラン・クンデラにそうした過去があったとプラハの全体主義体制研究学会 (ÚSTR)が発表したことが、ちょっとした話題になっている。クンデラがチェコ国立芸術アカデミー映画学部(FAMU)の学生だった1950年、ミロスラフ・ドヴォジャーチェックという男を西側のスパイと「リポート」したというのだ。これによりドヴォジャーチェックは22年の禁固刑を受け、過酷な強制労働をさせられた。
 チェコに対して徹底した批判的態度をいまでも貫くクンデラは、チェコのメディアのインタビューをかたくなに拒絶してきたことで知られる。しかし、今回ばかりはチェコの通信社ČTKの電話インタビューに答え、「予期したこともない、つい昨日まで知らなかった、決して身に覚えのないことに、ショックを受けている。その男のことをまったく私は知らない。どうして警察が私を報告者として記録したのか、よくわからない」と語っている。
 ベルリンの壁が崩壊したのと時を同じくして、チェコスロヴァキアの共産体制が崩壊したのは1989年のことだった。あれから来年で早くも20年を迎えるのだが、クンデラがほんとうにリポートしたのかどうかはともかくとして、いまだにこうした話が出てくる自体、背筋の寒くなる思いがする。過去の影に脅えながら生きている人は少なくはなく、共産体制をタブーに思っている人はいまだに多い。決して歴史の一こまではなく、いまも生きているのだ。
 そういえば、ぼくがプラハ郊外の小さな村に住みはじめたとき、村人の一人が「あそこの家とあそこの家はコミュニスト」と指をさして、わざわざ教えてくれた。どうしてそんなことを言うのだろうと思いつつ、チェコの人びとが負っている傷の深さを思い知った。

写真は、クンデラがドヴォジャーチェックをリポートしたとする警察調書(Archiv bezpečnostních složek)







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