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評者◆内堀弘
足で本を探していた頃『ボン書店の幻――モダニズム出版社の光と影』が再刊(本体九五〇円・ちくま文庫)
ボン書店の幻――モダニズム出版社の光と影
内堀弘
No.2891 ・ 2008年10月25日




某月某日。私事で恐縮だが、十六年前に出した『ボン書店の幻』という本が、ちくま文庫から再刊された。ボン書店は、昭和の初頭にモダニズムの詩集やシュルレアリスム文献を出した小さな出版社で、いや、出版社といっても鳥羽茂という青年が一人で活字を組み、本を作っていたのだった。私は、彼がどんな本を出したのかを知りたかった。
 文庫版を手にして、あの頃(というのは二十年ほど前)、本を探すときに味わっていた不思議な高揚感を思い出した。インターネットはまだない。本は足で探すしかなかった。
 名古屋の郊外の古本屋に古い詩集が並んでいると聞いて出かけたことがある。名古屋駅から地下鉄を終点まで乗って、そこからバスでずいぶん走った。教えられた停留所で降りると、周りは閑散としていて車だけがビュンビュン走っている。通り沿いにしばらく行くと一軒の古本屋があった。いわゆる大型店ではなくて、民家を改造した小さな店だった。入ると案の定コミックや雑誌が並んでいる。いつもそうだったが、知らない古本屋には過剰な期待を膨らませてしまい、まるで妄想に押し出されるように足を運んでしまうのだ。たいていは、店に入った瞬間に現実に戻る。ところが、コミックが並ぶこの店の奥には、それを唐突と言うしかないように戦前の文芸書がビッシリと並ぶスチール棚が一本あった。
 中村千尾という女流モダニストが出した詩集『薔薇夫人』をその棚で見つけた。1935年(昭和10年)にボン書店が出した小さな詩集で、限定100部。表題を印刷した薄いパラフィン紙カバーが付いたものは、二十年の間にこの一冊しか見ていない。
 一冊の本を得るために途方もないほどの本を見た。遠回りのようだが、でも豊かな不便だった。そうやって、消えた出版社の足跡を追いかけていた。たしかに、「検索」ではない。追いかけていたのだった。
 外に出ると真っ暗になっていた。停留所の方へ歩いていると、駅へ行くバスが私を追い越していった。







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