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評者◆齋藤礎英
色眼鏡の効用――平山夢明が描く宇宙空間都市の世界には壮大な観念小説に発展する萌芽がある。死んでしまった彼女が第二の死に向かって崩れていく、認識の魔を期待させた高原英理
No.2889 ・ 2008年10月11日




 もっとも手軽に世界を変えようとするなら、色眼鏡をかけるのが一番の早道である。暗いところに入れば、いっそう暗くなり、足もとがおぼつかないこともあるかもしれない。だが、悪いことばかりではない。人ごみのなかを歩けば人の波が裂け、より歩きやすくなるかもしれない。あまつさえ奕奕と燃えさかる太陽を見ることができるのだ。つまり、単に色が変わるのではなく、これまで見られなかったものが見られることにこそ色眼鏡の効用がある。
 平山夢明の「裏キオストック発、最終便」(『文學界』)によれば、世界はモスグリーンである。合成映像などを撮るときに役者が立たされるグリーンバックの色だ。日本の国土とほぼ同じ面積をもち、日本を模してつくられているらしい宇宙空間都市ゼルリオンなる場所には、世界各国から凶悪犯罪者が送り込まれている。彼らは高度なコンピューター技術によって過去の記憶を消去・改変され、新たな人格として生活している。しかし、コンピューターにバグがつきものであるように、人間の完全な管理などできるものではない。消えたはずの記憶が幽霊となってあらわれることもある。そうしたこの世界のほころびを繕ってまわるのが「陀多」なる下級役人で、この作品の主人公もその一人だ。彼は仕事もそこそここなすし、分不相応とも言える恋人もいる。だが、その世界は両親だと名乗る老夫婦の登場と、巨大コンピューターとつながる端末を奪われることで急速に崩壊していく。彼の認識していた世界が解像度がどんどん低くなる映像のように輪郭をほどかれていくのだが、いわばそうした解像度の下げ止まりを様々に想定できることがこの短編を味わい深いものにしている。つまり、彼自身が管理されるべき種類の人間だったというにとどまるのか、彼がしてきたと思っていたことや彼の職業なども改変された記憶なのか、或いはそもそもゼルリオンなる宇宙の都市そのものまで妄想なのか曖昧なところが世界と人間との関係の不安定さを示している。更にこの短編で特徴的なのは、「陀多」をはじめ、「呵責像」、「選」、「ノイ」、「ノストロ」、「ミノタウロ」、「ピグマリオン」などといった意味ありげで、どこか生臭い構成要素であって、SFというよりは『家畜人ヤプー』のような壮大な観念小説に発展する萌芽が含まれているように思った。
 高原英理の「グレー・グレー」(『文學界』)が見せてくれる世界の色は題名通りグレーで、ゾンビものに叙情を取りいれたかのような作品である。人に襲いかかるおなじみのゾンビも登場するのだが、中心となるのは男と死んでしまった彼女との交情だ。多くは繰返しに過ぎないのだが、死んだ人間でも、話しかければそれに答えようとする。しかし、言葉はますます緩慢になり、エンバーミング処置はしてあっても物でしかない彼女の身体は第二の死に向かって確実に崩れていく。どれだけ強く握りしめていようが指のあいだから滑り落ちていく砂を手をこまねいて見ているかのような哀惜と喪失感、まさに崩壊しつつある人間を記述しようというポオの「ヴァルドマアル氏の病歴の真相」にも通じる認識の魔が期待される。それだけに、ゾンビからの逃走劇の末、男も事故に遭って死に、死んでから見る周囲は色がなく「灰色で、あたり一面、灰色で、よろめいている」という最後の言葉は、死から見た世界にしては単純過ぎて残念な思いがする。
 『新潮』の「新訳・超訳 源氏物語」は六人の作家が『源氏物語』の一巻ずつを訳するという企画で、楽しみに読んだが、半数以上が保守的な「訳」にとどまっているのに拍子抜けした。現代語訳など何種類もでているのであるから、せめて芥川龍之介がしたように、それぞれの解釈を披露して欲しかった。もっとも、金原ひとみの「葵」のように自分のフィールドに取り込めるものしか取り込まず、車争いも生霊の呪いもない「葵」となると『源氏物語』はほとんどなんの役割も果たしていない。もっとも意欲的なのは町田康の「末摘花」である。いつものあののたくるような町田康独特の文体を押し通しているからばかりではない。恵まれた境遇にありながら鬱屈したところもある若い光源氏に、瞬間的に千もの歌を思いつくほどの「鋭敏な感覚」と、「真の美、真実の愛の渇仰が、真の美、真実の愛に触れて、重くのしかかるもの、さまざまの軛から解放されてうち寛ぎたい、癒されたい、という気持ち」という近代人的な補助線を加えることによって、自分の独特の語り口調を維持した工夫を思うべきだ。その結果、『源氏物語』にはあらわれていなかった自意識が生みだす滑稽さが描かれることになる。つまり、新たな補助線、色眼鏡によってこれまで見られなかった部分が見られるようになっているのだ。(文芸批評)







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