書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆小松崎健郎
フォーエヴァー・ヤングなロックンロール――ビリー・ジョエル『ストレンジャー』発売30周年記念デラックス・エディション版(SICP‐1904~6)
ストレンジャー
ビリー・ジョエル
No.2888 ・ 2008年10月04日




 米国東部はロング・アイランドに位置するシェイ・スタジアムといえば、大リーグ球団ニューヨーク・メッツの本拠地として長年愛されてきたわけだが、老朽化の波には逆らえず来年中にも取り壊されることになった。おそらく外電にてこのニュースに接した方も多いことかと思う。ちなみにこのシェイだが、ロック・ファンにとっては1965年8月15日にあのビートルズがロック・バンドとして初めてとなるスタジアム・コンサートを行なったという事のほうが重要かもしれない。現在では野外スポーツ施設にて大規模なコンサートを行なうのは至極当たり前のこととなったが、その先駆けとなったのはビートルズでありシェイであったのだから。
 さて、そんなシェイ・スタジアムに別れを告げるべく今年7月16日と18日の2日間にわたって同球場にて敢行されたのが、地元出身でありまた米ロック界きってのメッツ・ファンとしても知られるビリー・ジョエルのコンサートであった。計11万枚のチケットは発売開始から僅か1時間以内で完売、しかも2日間とも日替わりメニューにてスティーヴン・タイラー(エアロスミス)やトニー・ベネット、ドン・ヘンリー(イーグルス)ら錚々たる大物がゲスト参加とあって客席を大いに沸かせたものである。とりわけ最終日にはあのポール・マッカートニーまでもが出演、かねてよりポールの大ファンであると公言してはばからないビリーとの息の合ったパフォーマンスは会場を埋め尽くしたファンを狂喜させるとともに様々なメディアにも取上げられ伝統あるスタジアムの最終章に華をそえた。
 ビリー・ジョエルこそは、1970年代後期の日本の洋楽シーンにあって最も愛されたアーティストの一人だ。それは彼の最高傑作とも評されるアルバム『ストレンジャー』の日本発売当時の売り上げからしても明らかだ。なんといっても日本国内だけで累計100万枚のセールスである。はたして今現在、洋楽でミリオンを達成できるアーティストがいるだろうか。答えは否である。もちろん洋邦を問わず昨今の音楽業界が低迷している現状もあるわけだし、単純な比較は出来ないのだが。けれども確信する。あのアルバムこそは日本人の洋楽観を覆してしまった作品であると。単純に考えてみても100万枚ということは、当時の日本の平均的な家族構成を5人としてみても、およそ20数世帯に一枚は『ストレンジャー』のLPが常備されていたことになる。そして、それらの家庭では夜な夜な「ムーヴィン・アウト」に「ストレンジャー」、「素顔のままで」といった曲がヘヴィー・ローテーションされていたわけで、まったくもって現在では100%考えられないような驚異的な現象であったのだ。
 そんな『ストレンジャー』の発売30周年を記念してのデラックス・エデイション版がこの7月に発売された(ソニー:SICP‐1904~6)。オリジナル盤の2008年最新リマスターCDに加えて、1977年6月の発売直前のカーネギー・ホールでのライヴCD、さらには1978年の英BBC放送出演時のライヴDVDなどからなる3枚組という内容だ。英文、日本版それぞれのブックレットも、現在そして当時の関係者の貴重な証言を始めとする一級品の資料が満載とあって、天性のメロディーメイカーたるビリーの魅力を紐解けるのはもちろんのこと、あの頃の日本における洋楽事情、さらにはそれ以後の寺尾聡や井上鑑などに代表される1980年代初期の和製シティー・ポップスに及ぼした影響力の大きさなどを、充分すぎるくらいに俯瞰できる内容に仕上げられているのが最大の魅力といえるだろう。
 このアルバムが発売された当時、日本の音楽ファンはともすると叙情的かつ都会的なセンスを持ったポップスに流される傾向があった。それはパンクやニューウェーヴが世界的な潮流となりつつある中、AOR色濃いウェスト・コースト系の作品がもてはやされていた事を思うと一目瞭然である。しかしながら、当時のビリーの音楽は、巧妙なまでにメロディアスという名のオブラートで包みながらも本質はロックンロールそのものにあった。そのことに一般のファンが気づかされたのは、1980年発表の大ヒット・アルバム『グラス・ハウス』によってであった。
 今年11月18日、東京ドームにて一夜限り、奇跡の来日公演を行うというビリー。そこで僕たちは“形式”ではない、極上にアダルトで、それでいながらもフォーエヴァー・ヤングなロックンロールをきっと体感できることだろう。 







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約