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評者◆内堀弘
絶対売らない本が売れた――小津安二郎の原節子宛署名入、シナリオ集『お茶漬けの味他』
No.2887 ・ 2008年09月27日




某月某日。こう暑いと店は売れないよ。夏の古本屋の挨拶みたいなものだ。もっとも、冬になれば「こう寒いと」になり、春と秋は「さすがにこう気候がいいと」と、いつだって不景気なのだが。
 とはいいながら、彷書月刊の九月号を読んでいたら、映画文献の古書で知られる稲垣書店の中山信如さんがこんなことを書いていた。小津安二郎のシナリオ集『お茶漬けの味他』(昭27年)の原節子宛署名本をオークションに出したら百万を超えてしまったというのだ。題して「原節子宛献呈署名代百壱萬円也」。
 小津安の『お茶漬けの味他』は中山さんの著書『古本屋シネブック漫歩』(平11年)にも紹介されているが、本そのものは珍しいわけではない。古書相場は八千円ぐらいとあるし、五冊見れば一冊には署名があるほど署名本も多いと書いている。ちなみに、ただの署名入は稲垣書店で現在四万円だそうだ。しかし小津が原節子に献じた自著となれば世の中にこの一冊しかない。中山さん自身も「すなわち天下一本。絶対に売らない」と豪語していた。だが「絶対に売らない」ものを人は必ず手放す。これは古本の世界の鉄則なのだ。
 夏に開かれたオークションでこの本の最低入札値は三十万となっていた。出品目録を見て、ずいぶん高いものと驚いたものだが、私あたりはやはり全然わかっていない。というのは、あれよあれよと競り上がり、結果は百五万。同じ本の署名入の売価が四万だから原節子宛という付加価値が百一万というわけだ。しかし、これは付加価値なのだろうか。むしろこうしたオリジナル性そのものが実は古書の「価値」ではないのか。
 そんな「天下一本」が驚くほど高くなったといっても、思えばそこらへんを走っている軽自動車ほどの値段なのだ。中山さんの一文には儲け話特有の嫌味は微塵もない。どう考えても、買えた側の幸せには敵わないからだ。「絶対に売らない」、これを手に入れた人は今そう思っているに違いない。だが、そんなものでも必ず手放す。古本屋の希望の鉄則だ。







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