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評者◆小嵐九八郎
井伊直弼の底にある自然観が面白い――梶よう子著『一朝の夢』(本体一五二四円・文藝春秋)
一朝の夢
梶よう子
No.2883 ・ 2008年08月30日




 かつて、古代中国の荘子の人生、キリシタンと浄土真宗僧の争い、花火師玉屋の冒険、と時代小説を書き、今は、宮本武蔵の過酷な人殺しと美への焦がれを書き下ろしている。パワーは、無論、人生一度は売れる小説を出したいところにある。ただ、書いていて思うのは、時代小説には、殺し、飢え、現代なら屈辱と映るレイプ的な愛、病がすぐに死へと直結する生、支配と被支配を、直に描ける強みがあるということだ。カッコつけて、誤魔化せば、我らの時代に尊敬された宇野弘蔵の、経済学における〝原理論〝が生(なま)に〝現状分析論〝として、読者にささげられそうな世界なのである。重ねて、一知半解を許されよ。
 その上で、書きながら悩むのは、その時その時の権力者や、実際の歴史的大人物の心の動きをどう描き、読み手に伝えるかである。政治家のようにイデオロギーの上に立って書くのは恥ずかしい。歴史学者のように客観主義を装いながら、新発見したみたいにして書くのはみっともない。昔、『樽山節考』という楽譜つきの土俗の話を書いた深沢七郎は、死が迫る頃、イエスがしょっぴかれる街頭を庶民が日常の暮らしの中で見た話を書いていたけれど、なんか、凄みがあった。新約聖書をまるで裏から描いているのである。
 前置きが長かった。松本清張賞をとった作、梶よう子さんの『一朝の夢』(文藝春秋、本体1524円)を読んだ。日本史が近代へと向かう、腹下しみたいな時代、井伊直弼が大老となり、日米修好通商条約を結び、滅多矢鱈に橋本左内、吉田松陰らを死刑にしてしまう時代を描いている。眼差しというより、主人公は、奉行所の下級役人の同心。主人公は嬉しいかな、俺と同じで花の朝顔好き。ただし、徹底的な朝顔好きである。このキャラクターはかなり個性的であって、そして、恋心や、サスペンスにも満ちていて重量級の時代小説なのだが、何より政治家井伊直弼の底にある自然観がその政治手法とは違い、面白い。
 市井の人が権力者をどう見つめていたか。日和れないテーマにこの小説は向かっている。







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