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評者◆生野毅
詩人の「母語/肉体」としての俳句――鷲巣繁男句集『石胎』(国文社刊)
No.2883 ・ 2008年08月30日




 故・鷲巣繁男の名が現代詩の現在において語られる機会は、彼の熱烈な読者を別にすれば決して多くはないだろう。もとより「稀に見る骨格正しいキリスト教詩人」である(渋沢孝輔『由緒正しいロゴス』思潮社・現代詩文庫51『鷲巣繁男詩集』所収より)鷲巣の詩の時空は、福音書やギリシャ悲劇、神話を骨格とした叙事詩的手法や「純粋なロゴス」への痛苦に満ちた探求の姿勢において、我が国の湿潤の詩的・言語的風土とはあまりに異質であり、生前からすでに〈孤高〉というべき存在であった。
 しかし、鷲巣の詩の世界はただただ「純粋」な形而上学の高みへと止揚されているのではない。評論集『呪法と変容』(増補改訂版・1976・牧神社刊)をはじめ、強靱な認識力の散文家でもあった鷲巣は、戦争体験や貧困、病苦といった過酷な現実との対峙においてこそ「完全世界から追いやられた人間存在の悲惨とそれゆえの栄光の自覚(高橋睦郎『流謫の人』前掲『鷲巣繁男詩集』所収より)を体現した、比類ない詩的世界を築きあげたのだ。
 いささか意外なことに、鷲巣は『石胎』(国文社刊・1982)という句集を刊行している。私は私淑する俳人・豊口陽子氏のご厚意で本書を閲覧する機会に恵まれたが、本書の「あとがき」で鷲巣は昭和俳句の異貌の天才・富澤赤黄男について「文學の師であり、人間の生き方の師であつた」等々、熱烈な私淑ぶりと交友関係を語っている。
 パンちぎらる 天の葬列 涙して
 烈日の毛蟲 毛蟲を乗り 越えむと
 いなづまの遠さたしかめ わが病あり
 ひまわりの眩しさ 開く 粉薬
(『石胎』より)
 一字空白の多用や「天の葬列」「いなづま」等の語彙は明らかに師・赤黄男を彷彿とさせるが、赤黄男の句が俳句表現としては例外的なまでの「ロゴス」的強度に満ちていることに対し、『石胎』の句群にはどことなく匍匐前進にも似た逡巡や蛇行が窺える。
 だが、当初は第一詩集以前に句集の上梓を予定し、『石胎』に70年代後半の句も収録されていることを鑑みれば、この極めて「非風土」的な詩人の「日本固有の短詩型」への執着が浮き彫りにされよう。
 「眠るがよい、けもののやうに、肉よ。/この重い疲れの底で、石さへも老いてゆく夜に、/めつむりながら下つていく錨よ。」(鷲巣の詩「年代記」より)
 鷲巣にとっての俳句とは、光と闇の苛烈な相克へと詩が「母語」を「乗り越え」てゆくための試練の原器、魂の飛翔に対する「肉」の領域ではなかったか。







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