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評者◆小野沢稔彦
作為された連続性としての民主主義
敵こそ、我が友――戦犯クラウス・バルビーの3つの人生
ケヴィン・マクドナルド監督
No.2881 ・ 2008年08月09日




 無垢を装う私たちの沈黙の翼賛が作り出した、何気ない平和な状況、すなわち今日の民主主義社会、その帰結こそが今も至る所で行なわれている大量の民衆殺戮なのである。それは第二次大戦を戦った戦勝国・敗戦国双方にとって、戦中・戦後を貫く公認化できぬアポリアであり、何よりも今日を規定する現実である。第二次大戦と戦後は断絶された歴史ではなく、作為された連続性としての民主主義――ナチもファッショも日本軍国主義も、西欧近代民主主義と同じ根から発している――としてあることを『敵こそ、我が友――戦犯クラウス・バルビーの3つの人生』(ケヴィン・マクドナルド監督)は決定的に暴き出す。
 さて、バルビーの3つの人生だ。第一の人生。それは、表面上「民主主義」の敵であるナチズムの戦闘的で有能なゲシュタポとしての人生。彼はそこで行なった数々の「戦争犯罪」、特にフランス・リヨンのユダヤ人孤児を殺人収容所に強制移送した人道の罪によって告発された――人道への犯罪を裁くとは、レジスタンス神話の正統性を示す政治ショウとしてあるけれど。しかし、政治とは結局のところ、民衆の目に見える型でパフォーマンスするショウなのである。そして第二の人生。大戦後のアメリカの対共産主義戦略の下で、その中核実働部隊となって多くの謀略戦を担う人生。ナチ戦犯の多くは、米軍の「戦略技術者」として登用され(公認、非公認に)「敵から我が友」へと変身する。第三の人生。ヨーロッパでの米軍謀略部隊員としての活動が表面的に困難となった後、バチカン・CIAのサポートの下、南米に渡り、暴力的軍事独裁政権の中で民衆弾圧戦に当る作戦指揮者としての人生。ファシズム体制を否定し、表面上新たに出発した戦後世界の秩序は、このように第二次大戦体制を引き継ぐ上に形成されているのであり、その実質的担い手こそが「敗戦国」側の戦犯・技術官僚たちなのだ。そして、その典型としてバルビーがいる。こうして戦後暗黒政治の影の実行者としてバルビーは戦後を生きる。
 それにしても、このドキュメンタリーによって暴かれる現実を前に、ここまで露骨に「敵こそ、我が友」という政治のリアリズムがあらゆるところに貫徹されているのかと、言葉もない。まして、ゲバラ暗殺にまでバルビーが直接に関わっていたことに慄然とせざるをえない。バルビーがゲバラに対し「惨めな冒険者」と勝ち誇ったように言う時、ここには民衆を抑圧する国家の空恐ろしい意志が決定的に示されており、その国家の実行部隊として生きる暴力能吏のあざとさが不気味だ。その国家意志と暴力能吏の謀略技術は、普遍的な制度を建前とするCIAやバチカンを中核とする反民衆ネットワークによって担保され、全世界をおおっている。このように、国家権力の現実は、総ての国内抵抗者・異議申し立て行為を根底から抹殺するものとしてあるのだが、その実行中核としてバルビーのような凡庸な悪を演ずる有能な暴力能吏――一人一人は良き家庭人、良き社会人としてある――と、迷宮のように張りめぐらされた官僚機構とがあり、それを縦横に使いながら、次々と国家の敵をデッチ上げつつ、国家という暴力装置は肥大し続けるだろう。それが世界の現実だ。
 この時、どんなに無垢を装おうと、国家の内にある者は全て、その国家意志を体現していることを自覚せねばならない。私たちの日常的な無意識の支持こそが、国家の巨大な悪意を支えている。この私たちの内なる戦争犯罪とどう向い合うか、『敵こそ、我が友』が告発するのは、実にこのことなのだ。
 その後、バルビーはナチ・ハンターによって捕えられ、フランスに送られ終身刑となる。そして91年獄中で亡くなる――国家の利害関係の中で、いったい真の問題点とは何か、戦後世界の中で民主主義を標榜する国家とは何か、は一切問われぬままに――そして近代国家は生き続けている。敵は、共産主義ではなく、テロリズムとなって。しかし、テロリズムとは何か。権力が生み出した言葉の呪縛とその幻想の中から、私たちはこれまで自由であったことがあるだろうか。
 まして、第二次大戦の最大の戦争責任者(天皇)を、民主主義国アメリカとの共謀の下に、免責しつつ、その無責任性の中にあらゆる面での私たちの戦争犯罪を放置した、この国の現在こそが『敵こそ、我が友』を前に、問われるべきことではなかろうか。戦争責任を問うことを意図的に忘却した私たちは、今も続く第二次大戦後の世界が作り出す戦時体制――戦後も一貫して戦争は続き、民衆は殺害され続けている――に、平和国家(無垢を装い続ける)の建前を前面に出しつつ、世界に対し無責任であり続けているのだ。
 最後に、このドキュメントへの小さな疑問。西欧的ドキュメンタリーの方法に正当に則った『敵こそ、我が友』の方法、すなわち極めて精密な調査・分析を行い、現存する様々な資料(特に映像)を駆使しながら、その上に正確な証言を重ねる(私は、これらの方法は当然のことと了承する)方法によって、一直線に結論へと向うこの作品に対し、なお結論の先にあるものをも暴いてほしかった、と思うのだ。つまり凡庸な悪の先にある、人間を殺す快楽とでも言うしかない〈狂気〉の相にまで、人間の不可思議さを追い、告発してほしかったのだ。人間の悪意は、直線的な論理主義的追求だけでは解き明かしえない。そのためには、意味による編集カッティングだけではなく、カットの余白をこそ凝視せねばならないのではないか。私たちの狂気を垣間見せるドキュメンタリーを、今、世界は必要としているのではないか――そして、そのことこそが映画にしかできない問いなのである。







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