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評者◆徐勝
韓国で直接民主主義の壮大な実験が始まった──アゴラ民主主義――韓国キャンドル・デモの政治学
No.2878 ・ 2008年07月19日




 昨年12月、韓国大統領選で、保守系ハンナラ党の李明博氏が「経済第一」を掲げ、2位の鄭東泳氏に五〇〇万票の大差で圧勝(得票率48・7%)したが、大統領就任後わずか一〇〇日で、70%台の支持率が20%以下に急落した。
 10年ぶりの保守政府の登場で韓国政治は大変化が予想されたが、効率・競争だけを重視する李大統領の浅薄な新自由主義政策は、はじめから大きくつまずいた。大統領側近が不法な土地投機や論文の剽窃などで、不法性と不道徳さを批判され、次々と辞表を出す醜態をさらけだした。教育政策では、英語没入教育、エリート中心の優劣班による差別教育、教育の民営化と学費の大幅引き上げ、日本の「新しい教科書」をまねた反共教科書制定の動きがあり、大運河構想のような環境破壊的大規模土木工事計画、水道・郵便などの公共事業ならびに社会保険・医療の民営化、言論の政府掌握企図など、あからさまな財閥の利益最優先政策は庶民の怒りを呼び起こした。
 なかでも外交・安保政策は時代錯誤的な親米・親日の冷戦・反共同盟の復活であり、画期的な対北政策だと自賛した「非核・開放3000」政策(注)は、2000年6・15、2007年10・4共同宣言の南北の合意を無視した、「統一時代」の全面否定だと、北朝鮮からそっぽを向かれた。
 その「CEO大統領」の独断専行の統治スタイルが、アメリカ産牛肉の無条件輸入への反撥から始まった二ヶ月におよぶキャンドル・デモの火をつけた。女子中高校生の悲鳴のような抗議から始まったキャンドル・デモには、60回にわたり、数百万の市民が自発的に参加し、全面的政権批判へと発展した。6月民主化大抗争21周年に当たる6月10日、ソウル・光化門で開かれた米国産牛肉輸入反対の「一〇〇万人キャンドル文化祭」など、「狂牛病国民対策会議」が全国30ヵ所で70万人(警察推計10万人)という、民主化以後、20年ぶりに最大の参加者を集めた。
 今回のキャンドル・デモは、「食の安全」というイッシューで大方の共感を集め、女子中高生や家族ぐるみの乳母車部隊(主婦)、ネクタイ部隊(ホワイトカラー)などをはじめ多様な人々が参加して、歌と踊りと自由な討論による非暴力・平和、「遊びの政治化」によるキャンドル文化祭として行われた。注目すべきは、ケータイとインターネットが飛び交い、新聞・放送など既成のメディアの回路を制圧し、運動の様相を変えてしまったことである。ビデオ・カメラとパソコンで身を固めた一人テレビ中継局が、キャンドル・デモの様子を24時間、時々刻々、全国にリアルタイムで伝えた。自然発生的な不定形の民意を集約するのに、ブログやネット上のカフェー・討論室などが無数に作られ、イッシューや活動空間の制約の無い「第四の結社」を構成した。韓国有数のポータルサイト、ダウム(DAUM)に作られた「アゴラ」はキャンドル・デモ参加者のオンライン討論場となり、参加者が集まる光化門、市庁前はオフラインのアゴラ広場となった。サイバー空間という手段をえて、韓国に古代ギリシャの直接民主主義が現出したのである。
 アメリカとの自由貿易協定締結を悲願とする李大統領がブッシュ大統領への手土産にと、4月18日、訪米前日に米産牛肉の月齢、部位に関係なしに無条件・全面輸入する大盤振舞を決定した。それが消費者の間にBSE(牛海綿状脳症)牛肉への恐れを急速に拡散させた。李大統領の「いやなら食べなければいい」という無責任な発言が、給食を食べる学生と兵士たち、その保護者の不安に油を注いだ。キャンドル・デモ参加者たちの要求は、牛肉輸入協定の再交渉である。李大統領は6月19日、「子どもの健康を心配する母親の気持ちを思いやれなかった」などと国民に謝罪したが、あくまでも「追加交渉」という目くらましで対応した。梅雨を迎えキャンドル・デモ参加者が減少した機会を捕まえ、謝罪の舌の根も乾かぬうちに李大統領は強行策へと舵を切り、6月27日に告示、米産牛肉の流通を強行し、デモに弾圧を加えた。28日のデモは一〇〇名の逮捕者と四〇〇名の負傷者を出す事態となったが、そこで、新旧教、仏教たちが立ち上がり、平和のキャンドルは再び燃え上がった。7月5日には、50万人が結集し、次の5要求が出された。▼米産牛肉の全面再交渉▼米産牛肉の全量回収と流通の中断▼警察庁長官と放送委員長の罷免。デモ参加者の拘束・指名手配の解除▼医療、教育民営化、放送掌握陰謀、韓半島大運河および企業の民営化中断▼大統領との面談、公開討論。
 キャンドル・デモはどこに行くのか。サイバー・アゴラ民主主義は実現するのか。韓国では盛んな討論が進行中である。自然発生のキャンドル・デモは権力掌握のビジョンを持たず、野党も国民の信を得ていない。息切れし、弾圧を受け、キャンドル・デモは伏流するかもしれないが、今回のキャンドル・デモは直接民主主義への壮大な実験である。また、李明博政権の新自由主義の正体をさらけ出し、「金持ち幻想」を徹底的に打ち砕いた。その場しのぎの虚言を繰り返す李大統領は国民の信を失い、帝王的な韓国大統領に民意の制約が課せられた。地底で煮えたぎり、時に噴出する韓国民主主義の底力は、政治家たちに深刻な教訓を与えている。

(注)「非核・開放3000」構想は、北朝鮮が核を放棄し経済を開放するなら、10年以内に北朝鮮の一人当たり国民所得が3000ドルになるよう支援するというもの。その内容は▽400億ドル相当の国際協力資金の確保▽400キロの新京義(キョンウィ)高速道路建設と大運河の建設▽北朝鮮に5大自由貿易地帯の設置と年間300万ドル以上の輸出企業100社の育成▽北朝鮮版KDI(開発研究院)とKAIST(科学技術院)の設立▽住宅・上下水道改善事業など。その結果、毎年15―20%の成長が続き、10年後に国民所得3000ドルに成長するとした。
(ソ・スン 立命館大学コリア研究センター長)







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