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評者◆斎藤貴男
個人の生き方を排除型社会が襲う、たばこ関連税引き上げ──グローバル化に対抗する新しい市民権を考える
No.2875 ・ 2008年06月28日




 超党派の「たばこと健康を考える議員連盟」がこのほど設立され、今秋を目処にたばこ関連税の大幅引き上げなどを提言する方針を打ち出した。税収増と健康被害の予防、ということは国民医療費の抑制をも図った一石三鳥、四鳥との触れ込みだ。
 以前から一部で囁かれていた取り組みだが、今回の流れの発端を作ったのは笹川陽平・日本財団会長だったとされる。一箱千円にしてしまえとする彼の主張を世界禁煙デーの当日に取り上げた『朝日新聞』に、筆者もコメントしたのだったが――。
 〈タクシーの禁煙化や路上禁煙条例の制定など、たばこをめぐる環境は厳しくなっているが、こうした動きを「禁煙ファシズム」として批判する声もある。
 ジャーナリストの斎藤貴男さんもその一人。「私はたばこが嫌い」としつつ、「健康を害して高い医療費がかかるから高い税金を払えというのは、後期高齢者医療制度と同じ論法。世の中はお互い様なのに人の生き方や好みを監視し排除するのはおかしい」〉(五月三十一日付朝刊)
 凄まじい反響があった。試みにインターネットを検索すると、「何がお互い様だ」「お前は実は喫煙者なんだろ」といった書き込みだらけ。少なくともネット世界では、笹川プランを歓迎する人々が多数派を占めているらしい。
 吐き出された煙が喫煙者自身よりも周囲の人間に大きな被害をもたらすという、いわゆる受動喫煙の危険に言及したものは多くなかった。医療費との因果関係にしても、では禁煙が促されて平均寿命が延びた暁の高齢者医療のゆくえだとか、年金はどうなるとか、そもそも禁煙のストレスで逆に病気になる人も出てくるかもしれないのに、そんな懸念も疑問も一笑に付されるばかり。
 「とにかくタバコは臭いのだ」「き●がい」「だって俺が嫌いなんだから」
 何とも言えぬ雰囲気に耐えながら検索を続けた。ようやく発見できたのは、存在を確信していた、以下のような趣旨のブログである。「疫学的にどうの、病理学的にこうのと言うからややこしくなる。要は喫煙者のデカイ態度がみんなに憎まれているだけの話」。
 この点を押さえていないと議論にならないとブログは続けていたが、同感だ。筆者もたばこの問題とは何の関係もない席で、禁煙推進を掲げる研究者に罵倒された経験がある。「あんな金食い虫どもの医療費を、なんで吸わない人間が払ってやらなきゃいけないんだよ!」
 かつての嫌煙権運動には大きな意義があったと思う。けれども昨今の禁煙ムーブメントは、当時とは完全に変質してしまっている。
 スコットランド生まれの犯罪学者ジョック・ヤングの『排除型社会』(青木秀男ほか訳、洛北出版、二〇〇七年。原書は一九九九年)が想起される。彼によれば、先進産業諸国の社会を紡いでいた糸は、一九六〇年代後半以降、急速にほどけていった。市場メカニズムの浸透はあらゆる領域で差異を拡大させ、安定的で同質的だった包摂型社会は、変動と分断を駆り立てる排除型社会に移行したという。
 〈排除は社会の三つの次元で進行した。第一は労働市場からの経済的排除である。第二は市民社会の人々のあいだで起こっている社会的排除である。第三は刑事司法制度と個人プライバシー保護の領域で広がっている排除的活動である〉
 とりわけ近年は、資本のグローバル化が先進国内の労働者を置き去りにし、多くは非正規の雇用を余儀なくされて、あまりの不安定さに結婚もままならない。貧困層は、絶えず上位の層から剥奪されている感覚を抱かされて犯罪が増加する。比較的裕福な層も、また不安を募らせて、法を犯す者に対する不寛容の度合いを強めてきたのだが、犯罪と厳罰主義の根っこはまるで同じなのだ。
 ――これだけでもヤングの説の大意は伝わったのではないか。多国籍企業の利潤追求を絶対の価値とする新自由主義イデオロギーに基づき、教育や社会保障の分野をも巻き込んだ、構造改革と格差社会の相関。あるいは国民総背番号制度や監視カメラ、GPS、バイオメトリクス(生体認証)等の監視ツールが、市民生活を見張る側と見張られる側とに分断していく、などと引き取れば、これは筆者が過去十年ほども続けてきた議論にも通じてくる。
 排除され続けた人間の最悪の悲劇が先の秋葉原無差別殺人事件だろうが、あまり言及したい話題ではない。ここで強調しておかなければならないのは、米英にざっと二十年遅れで進行してきた日本の排除型社会が、医療や財政の体裁を纏いつつ、ここへ来て一気に趣味嗜好、喫煙と健康被害の関係を大前提とするなら個々人の肉体の使い方、すなわち生き方の次元にまで及んできた現実だ。
 太ったら勤務先と国、何よりも周囲に白眼視されかねない「メタボ健診」も始まった。厚生労働省がアメリカに倣って展開している国民運動「健康日本21」さらには「健康増進法」から導かれた、禁煙ムーブメントと同様の流れだが、このままだと近い将来、排除の眼差しが飲酒にまで拡げられていく可能性も否定できないのではないか。経済のグローバル化に伴う帝国主義への誘惑、必然への奔流とともに、同時進行形で思想信条も。
 ノスタルジーに浸っていても過去は戻ってこない。〈これからのリベラル民主主義の核心となるべき新しい市民権を打ち立てることが必要なのである〉と、ヤングは『排除型社会』を結んでいた。
 その通りだと思う。困難すぎるテーマだが、事は世界の、否、個人一人ひとりの人生の主人公は誰かという大命題である以上、諦めてしまうわけにはいかない。(ジャーナリスト)







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