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評者◆小嵐九八郎
殺ぐことのできない思想のひとかけら
雨の日の回顧展
加藤治郎
No.2873 ・ 2008年06月14日




 一九八九年のベルリンの壁の崩壊から、詩の世界は、実に、実に大変となってきた。一番最初の打撃は、自由律詩、つまり、定型から自由にならんと志した分野であろう。ソ連や中国を、あるいはへんてこりんの官僚主義の共産主義を揶揄していれば、それなりの格好はついた。素材と、素材を料理する薄いものが、しっかとあった。俳句は、イデオロギーから脱けている地平があらかじめあり、ま、時に、自慰的自意識的に凝る人人を集め、結社や自費出版でそのパワーを放出させていれば済むところがあり、あんまり打撃を受けなかった。短歌に、じわり、じわり、コムニスムの破綻と映る事態が効いてきたと、このごろ切に感じる。五七五の韻律に七七が加わると、思想めいたものを埋めたくなり、しかし、その思想が枯れてしまい、立ち往生するのだ。
 実は、イデオロギーを含め、宗教の力はイスラムを含んで新宗教、新新宗教も絶大であり、人類はこのテーマから免れ得ないのであるが、仰天する転換を知り、短歌をぎりぎり作っている歌人がいる。ヴェトナムの姿を少年時に知り、ソ連を知り、その転換を知り、中国の阿漕な儲け至上主義を知り、それでも歌うのであるからしんどいであろう。
 加藤治郎さんという歌人である。たしか、毎日新聞の歌壇の選者。加藤治郎さんの第七歌集を、遅ればせながら読んだ。『雨の日の回顧展』(短歌研究社、3150円+税)と、タイトルはやや地味か。俵万智氏と同じに、現代歌人協会賞とかいうのをもらっていると記憶している。明確に、イデオロギーなき世界の焦れ、の感覚、今の今の風俗、どうしても殺ぐことのできない思想のひとかけらと苦しみ格闘し、治郎ぶしみたいなものへと辿りついたのがこの歌集という気がしてしまう。《きこえますきこえますいま校庭にだれもいなくて遠い雷》
 童謡、「校庭」という写実実体、教育の空疎、全てがある。えっ? そう、こんなもんではない歌が他にもぎっしり。若き歌人は全て読むが良い――と恫喝をしたくなるが、さて。







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