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評者◆秋竜山
手押しポンプのガッチャンマン、の巻
No.2872 ・ 2008年06月07日




 〈人間は〉を〈自分は〉とか〈俺は〉に置きかえてみると、〈自分は〉〈俺は〉いかに人間にまで達していないかということがわかる。いや、わかった。というべきか。フランセス・アッシュクロフト『人間はどこまで耐えられるか』(矢羽野薫訳、河出文庫、本体九五〇円)を読みながら、〈どこまで耐えられるか〉どころか〈まったく耐えられない〉というのが残念ながら自分であることが、読めば読むほどハッキリしてきた。〈生きるか死ぬかの極限状況を科学する〉というが、自分には極限状況なんてものはないのではないか。いとも簡単にアッ!!という間に……であると思う。
 〈本書の魅力は、このような「命の理論」を身近な例や興味深いエピソードでわかりやすく説明していることだ。専門的な知識はいらない。読んでいるうちに血管を流れる血液が目に浮かび、肺に二酸化炭素がたまるのを感じて、自分の体の中をのぞいている気分になるだろう〉(訳者あとがき)
 本書で、もっとも興味深かったのは、〈第2章 どのくらい深く潜れるのか〉であった。〈潜水への挑戦〉という項目があり、潜水夫のことが書かれてあったからだ。潜水夫で思い出すのは、まだ、あの大時代的な潜水服を着こんで海底にもぐって作業していた頃のことであった。昭和三十一、二年の昔のことであった。私は、十五、六歳。海底にもぐって作業している潜水夫に船の上でポンプ押しをして空気を送り込むという仕事であった。
 〈潜水鐘(ダイビング・ベル)をはじめ、潜水装置の歴史もかなり古い。原始的な潜水鐘は十六世紀に発明されたが、実用化に近づいたのは一六五四年にドイツの物理学者オットー・フォン・ゲーリケが手押しポンプを発明してからで、ポンプの原理によって水上から空気を補給できるようになった。〉(本書より)
 このような知識は本書によってであって、私は手押しのガッチャンポンプ(押すたンびに、ガッチャンガッチャンという音がしたため、そのように呼んでいた)を押した時には、そんなことは知るはずもない。もっとも、知っていたからといってどーにもなるものではなかった。現場での作業というものはそんなものだろう。この手押しポンプは二人が向いあうようにして、かわりばんこに手押ししてホースによって海底の潜水夫に酸素をおくり続けるのである。もし、あの時、本書のような知識を私が持っていたとする。すぐ他人に話したくなる。本に書かれてあるようなことを相手に話したとしたら、どのような状況がうまれるか、想像しただけでも自分ながらたのしくなってくる。とにかく、二人ともこのような作業は生まれてはじめてであるから、二人だから心強いかもしれないが、もしポンプから酸素が流れていかなかったら、潜水夫は死んでしまうということだ。二人の頭の中は、そのことばかりであった。潜水夫には酸素を送りこむホースと、もう一本、命綱ももっていた。生命にキケンを感じた時、命綱を引いて連絡をとる。どっちが大切か。どっちも大切だ。海底の目のとどかない人間に、酸素を送り続ける。しかも、ガッチャンガッチャンと音を立てて。その日は特に暑くて。だからといって暑いなんていってられなかった。本書を読みながら思い出した。







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