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評者◆金子勝
国家原理とナショナリズムが衝突する危険な時代へ──米国サブプライム問題はさらに波及する
No.2871 ・ 2008年05月31日




 いま米国の金融機関は一斉に、サブプライム問題に端を発した金融危機は峠を越えたと言い始め、五月初めには米国のダウ平均株価が一万三千ドルを超え、日本の東証平均株価も一万四千円を超えた。モーガンスタンレー社長のジョン・マック氏など、金融分野のエリートたちは信用逼迫の問題はほぼ終わったと主張する一方で、四月二八日にモーガンスタンレーのアナリストは大手銀行の利潤が急落すると予想し、「ラリー(株価の上昇局面)を売れ」というアドバイスを投資家に伝えた。実際に、五月九日にAIGは四一億三千万ドルの黒字から七八億五百万ドルの最悪の損失に転落し、二期連続で百二十五億ドルの増資を発表した。同じくシティグループは、今後三年間で四千億ドル(四十兆円)もの大量の資産売却をすると発表した。シティグループの損失累計は四百六十億ドル、実に四兆七千億円に上る。すでに金融危機は峠を越したはずなのに……。
 一体、何が起きているのだろうか。多くの人物たちの発言を追いかけてみよう。ジョセフ・スティグリッツは「大恐慌以来の最悪の不況」、そしてポール・ボルカー元FRB議長は「究極の大危機」(「マザー・オブ・オール・クライシス」)と言う。そしてサプライサイド経済学の領袖フェルドシュタインでさえ「かなり長い不況だ」と語っている。少なくとも、米国は戦後最大の不況に直面している。
 事態が深刻なのは、金融機関の損失がいくらだか分からない点にある。損失が分からないまま信用収縮が進んで住宅バブル崩壊を悪化させ、損失がまた膨らんで再び金融機関が経営悪化に陥るという悪循環が進むからである。まるで一九九〇年代末の日本を見ているようだ。公的資金を投入するたびに、もう不良債権処理は終わったと言っては、しばらくすると景気の悪化がブーメランのように損失の拡大となって金融機関にはね返ってくる。
 しかし、それは日本とは似て非なるものだ。日本の場合、銀行経営者が不良債権の査定を過大評価したり、「飛ばし」や「隠し」などの不正会計操作をしてごまかしていた。しかし米国の場合、経営者がごまかしているというより、証券化と金融デリバティブの手法によって損失がいくらになっているか確定できないのである。まさに、金融自由化によるグローバリゼーションのコアにある手法が、被害を世界中に広げ、行き詰まっているのだ。しかも米国の金融機関は、かつて「グローバルスタンダード」として他国に押しつけてきた自己資本比率規制を自らごまかし、時価会計主義も連結決算のルールも守れない。
 どういう「錬金術」が行われたのか。そもそもサブプライム・ローンというのは低所得者向けの住宅ローンであり、高金利なので利益も高いが、債務不履行になりやすいハイリスクの貸付である。これだけだと、金融機関も貸付には限界がある。そこで、このローンの返済金を担保にして住宅ローン担保証券にする。そして他の高所得者(プライム)や中所得者(オルトA)などの住宅ローン担保証券、あるいは消費者ローンや中小企業ローンなど別の証券と組み合わせて、リスクが分散するように組み合わせた債務担保証券(CDO)にする。こうすれば、リスクは薄く切り刻んで拡散されるので、たとえ個別の低所得者が債務不履行に陥っても、リスクは回避できると考えられたのである。
 たしかに個別の債務不履行(デフォルト)が散発的に繰り返されるだけなら、金融工学のいう通り危機は回避できた。ところが、住宅バブルが崩壊すると、つぎつぎとサブプライム・ローンが焦げ付き出す。そうなると、CDO全体に感染して、CDOが売れなくなる。もともとCDOは人為的金融組成商品なので値づけが難しい。そのために格付け会社やモノライン(証券保険専門会社)による証券保険によって、ファンドや投資ビークルの間で(取引所を介さずに)相対取引されていたのである。つまり、人為的に値づけをしていた金融商品なので、売れなければ損失がいくらになるかも確定できなくなってしまうのだ。これから、サブプライムからオルトA・ローンへ、そして商業用不動産へと問題が波及していくだろう。
 おまけに、五月九日に原油先物価格(WTI)は一バレル=百二十六ドルの史上最高値を記録した。穀物価格も上昇が止まらず、世界中で食糧暴動が発生している。不況なのに物価が上昇するスタグフレーション状況になり始めている。地球温暖化やイラク戦争、そして新興工業国の成長などの要因に加えて、投機マネーが暴れているからだ。それは、世界中の弱者に対して生死の境をさまよわせる。市場原理主義は世界をフラットにして人々を豊かにするはずだったが、それは虚構であった。ある意味で、社会主義も市場原理主義もグローバリズムの普遍性を主張するものであったが、いずれも夢に終わった。そして、いまや国家原理とナショナリズムが衝突し合う危険な時代が始まっている。
(慶應義塾大学経済学部教授)







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