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評者◆秋竜山
連載第955回 「引目鈎鼻」、の巻
No.2852 ・ 2008年01月01日




 美男子とは何か。読んだとーりの男だろう。では、美男子を描くには、どのよーに描くか。その美男子の顔立ちを見たとーりに描けばよいだろう、いうことになる、などと簡単なものではない。そこで画家は悩むわけだ。中川素子『モナ・リザは妊娠中?──出産の美術誌』(平凡社新書、本体八六〇円)では、源氏物語絵巻から〈貴族などの顔を描く時の形式的な画法〉ということが述べられてある。面白がってこの問題?をとらえると、かなり面白がることができる。〈引目鈎鼻〉という画法を発見したことは「源氏物語絵巻」も、この画法によって生まれたといってよいだろう。それほどに〈引目鈎鼻〉という、あの時代的な画法は、今日でも通用してしまうのだ。
 〈源氏と薫は引目鈎鼻の細い目ながら、見つめ合い、そこに引力が働いているのがわかる。引目鉤鼻とは、貴族などの顔を描く時の形式的な画法で、「く」の字のような鼻と直線の目、また口は点のように小さなおちょぼ口である。この時代、身分の高い人間を写実的に描くことはなく、リアルに描く肖像は好まれていなかったようだ。たとえば、やや時代が下がった承安三年(一一七三)の九条兼実の日記「玉葉」には、馬権頭藤原隆信や絵師常盤(土佐)光長が描いた高野御幸、平野行啓、日吉御幸の同行者の顔があまりに〈奇特〉なので、自分が供奉しなかったことは〈第一の冥加なり〉など書いている。あんなに変な顔に描かれるなんて、行かなくて、アーよかったという意味だ。九条兼実にとっては引目鈎鼻こそが好ましく、エリート意識をくすぐられるものであったに違いないのだ。〉(本書より)
 つまりは、美男子に描いてほしかったら引目鈎鼻に描くしか方法がないだろうということである。では、今の時代の美男子を描く場合、やっぱり引目鈎鼻に描くべきか。描き上がったものを見てみたいものである。
 〈紫式部と同時代の清少納言の書いた「枕草子」には、「絵に描きて劣るもの」として「物語にめでたしという男、女の形」とある。物語の中で類いまれな美男子とあれば、読者はそれぞれの心の中でその顔立ちを想像する。しかし、絵で具体的に出されてしまうと自分が思い描いていた顔と違っていたりしてがっかりするものだ。〉(本書より)
 よーするに、「源氏物語」や「枕草子」などの挿絵を描くということは、読者をガッカリさせるための挿絵であると、はじめっからわかっているということである。
 〈そうえいば、長谷川一夫、沢田研二、東山紀之、天海祐希など映画やテレビで光源氏を演じた俳優は、その演技力は別にして、どの俳優であっても満足のいったためしがない。そういう意味では、引目鈎鼻はイメージを自由に入れ込むことのできる無色透明の顔なのだ。〉(本書より)
 引目鈎鼻の顔立ちの俳優がいれば問題はないところだが、現実にそのような顔をした人間がいたらどーなのか。お化けかもしれない。美人画とはお化けの顔ということになる。この世のものとも思われぬ顔、つまり、あの世の顔こそが美人画ということになるだろう。美人画を描く画家を美人画家という。特別そのような呼び方をされる。普通の画家が、いくら美人を描いても美人画家とはいわれない。引目鈎鼻を誰が描いてもいいというわけのものでもないようだ。







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