ノンフィクション
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古くて新しい、あの時代
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書籍・作品名 : ハナ肇を追いかけて
著者・制作者名 : 西松優
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偲聖人
69才
男性
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この本の表紙のハナ肇(1930-93)は、赤いブレザーと白いズボン姿。笑顔いっぱいに両手を開き、見栄を切るポーズを決めている。彼の活躍が懐かしい世代には意外だが、本書は初のまとまった一代記だそうだ。そしてこの記録を世に出したのが、団塊の世代のごく普通のサラリーマンだったことにも驚かされる。
テレビの「シャボン玉ホリデー」とともに早くから映画ファンだった筆者は、世を去ったハナ肇の俳優としての評価が低いことに義憤を感じた。そこで余暇を使って綿密な調査・研究を積み重ね、定年後こうして公表するに至ったのである。記述は情感に富み、時に筆者自身の人生観・歴史観を反映した強い主張もなされている。しかし長い社会人生活のおかげかバランスが良く、押しつけがましさや過度の感情移入とは無縁で安心して読み進むことができる。ハナ肇とクレージーキャッツをはじめ、彼らを取り巻いた当時の多くの人々の意外な事実やエピソードが分かりやすく提示され、次のような的確な分析が加えられている。
「インテリの持つ知性・音楽知識・演奏技術に、下町育ちのハナの大衆向けのアイデア・統率力・突破力が上手くミックスされ新しいコミックバンドが誕生したのである。いつも大衆に寄り添う彼らは、有名になっても、インテリぶった態度をおくびにも出さなかった。そのため、我々には、おもしろい演技をする軽薄そうなコメディアンにしか見えなかった。(中略)金や名誉だけが人生と考える人がいなかった」(p.105-106)。
戦後の貧しさから出発し、奇跡の高度成長を遂げ、バブルを経てやがて経済的には停滞していった日本、その変化を象徴する様々なエピソードが、ハナ肇を中心とする当時の歌手や俳優やテレビ番組の思い出に重ねられ、精密にかつ余韻たっぷりに回顧されていく。団塊の世代の読者にとってこの本は自分たちが歩んできた同時代史であり、懐かしい「オンリー・イエスディ」の世界が濃密に語られている。
一方本書は日本が幾分浪花節的だった時代の懐古談とどまらず、現役世代にとっても有益なビジネス書となろう。ハナ肇ら日本のミュージシャンは戦後、駐留した米国の軍人やその家族を相手に演奏活動をスタートした。やがて本土の米軍基地は縮小されて日本の一般大衆をターゲットとする時代が訪れ、テレビ放送がはじまる。そうした市場の激変の中、彼らが様々に試行錯誤し苦闘していく姿に、企業の新規事業開発、マーケティングから個人のセルフブランディングに至る実践的な知識と教訓が企業人だった彼の目を通して具体的に語られている。中でも強烈な個性をもったハナ肇と冷静で合理的な植木等の関係を通して語られるリーダー論は出色、活躍の分野こそ違え同じ時代の本田宗一郎と藤沢武夫を連想させずにはおかない。経済大国があやしくなった今日の日本にとって、もう一度振り返る価値のある歴史ではないだろうか。
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