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映画
社会が変わる別の方法
書籍・作品名 : ある女優の不在(原題 Three Faces)
著者・制作者名 : ジャファル・パナヒ監督 イラン(2018年)  
すすむA   59才   男性   





撮影禁止令を受けているジャファル・パナヒ監督作品だから、陰に陽に政府批判が盛り込まれた映画かと思っていたら全く違った。あえて言うなら近代化批判というものだが西欧社会から観れば、イラン自身が近代化されているとは到底思えないのだから、映画は二重三重のアイロニーを含んでいる。

イランの有名女優ベーナズ・ジャファリと友人のジャファル・パナヒ監督がテヘランの西北アゼルバイジャン地方の寒村に向かうシーンから映画は始まる。女優宛にこの村に住む大学生から、難関のテヘラン芸術大学に進んだのに家族から女優になる道を閉ざされ、今は自殺するしかないと首を吊るシーンの動画が、彼女のスマホからアップロードされたからだ。大学生に心当たりはないが、心持ちの悪さから撮影をキャンセルして駆けつける。

テヘランは撮されないが、時が止まったような農村風景が否応もなく大都市と比較されていると想定される作りだ。貧しい村だが、そこで羊や牛を飼う人々の穏やかで人なつこい一面で、伝統と偏見に縛りつけられて存在が撮影される。村民は皆、突然訪れてきた、TVや映画で知っている、女優と監督を大歓迎する。だが彼らにとって二人は虚構の世界にすむ住人だ。都会人の芸術家は足を地に下ろしていない、浮ついた「芸人」に過ぎない。だからそんな山村共同体を脱出してひたすら女優を目指す女子学生に対してもひどく冷たい。しかし二人に群がってくる大人と子供の村民たちの生き生きとした姿を見せつけられているうちに、観客はどちらが人間らしい生き様かを考えさられるように持って行かれる。そんな場面を映し出す映像は控え目で暖かい。

村民のもっぱらの関心は、家畜を殖やすこと。女には話せないとしながら、精力絶倫の種牛の交合を具体的に誇らしげに語られるシーンには思わず笑ってしまう。その一方で老いた住民たちが息子や孫にはよりましな生活をさせたい夢も語られる。割礼で切り取った包皮を埋める場所で子供の一生が決まると信じられている。ある父親は塩漬けにした包皮をテヘラン大学の庭に埋めたいと上京するが、警察に捕まり暴力を受けたと語りながら、なお希望を捨てきれずに監督にその包みを託すシーンもある。映画はそんな馬鹿話を笑い飛ばすことをしない。

女学生の動画は演出で、彼女は自殺しておらず、もう一人の革命前にこの村出身の女優だった老婦人が村八分を受けながらも草原の外れで毅然として生きている家にかくまわれていた。見つかれば兄と婚約者に殺され、かくまった元女優の家も焼かれるという。婚約者は登場しないが都会への短期の出稼ぎと帰村を繰り返しているという。現在は家に居る兄も同様だろうと思われ、若者にとって農民の親以上に苦しい生活環境が読み取れる。革命前を知らない若者はより一層ホメイニのイスラム原理主義に捕らわれているのだろう。

一度は騙されたと怒り心頭に発するベーナズだが、彼女を知るにつれジャファルともども放っておけなくなる。ベーナズは元女優の家でジャファルは車の中で一夜を明かし、テヘランまで娘を探しに行ったという父親の帰宅の日、娘を家に送り届け、ベーナズが家族を説得する。どんな話し合いがあったか、このシーンは撮されないが、強硬な兄を家から追い出して、説得はある程度成功したかのように見える。テヘランに戻る二人を追って女子学生が峠に向かい曲がりくねった未舗装の坂道を走ってくるシーンで映画は終わる。

権力に対する厳しい批判、示威と暴力でしか社会は変わらないと、実際そうなのだが、される世の中で、だがこうした些細なことでも社会が変わって行く兆しを見つけたいと監督は望んでいるのだろう。こういう監督をまた世界は望んでいるのである。すがすがしく観た秀作であった。






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