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学術
人間労働の将来が見えない
書籍・作品名 : 無人化と労働の未来-インダストリー4.0の現場を行く
著者・制作者名 : コンスタンツエ・クルツ他/大木栄訳 岩波書店2018.11  
すすむA   58才   男性   





ドイツの国家戦略「インダストリー4.0」(第四次産業革命)に、本書はさらに「完全にネットワーク化した自動的な生産プロセスを実現すべく、システムの構築と充当を目指す」と加筆している。

同様な戦略は各国にもあり、目新しいものではないが、本書の関心が「今度の技術革新の波はどのような作用を及ぼすのだろう。私たちは、これに対しどのように向き合っていくのだろうか?」とある点に興味が惹かれる。

もちろん著者は革命の「現場」を訪れないわけには行かない。選ばれたのは常食の「パン」に関する一連の現場;農場、農業機械製造、製粉工場、パン工場、貯蔵と運搬施設である。ここでは労働現場と一般人区域とは切り離されている。

ルポルタージュでは判らないところもある。詳細は想像しつつ、コンピュータ化によって、これまでどれだけの人員削減がなされたか、これからなされるのかという関心に戻ると、著者は次のように推定する;

いちばん変化が小さいのは農産物産業や牧畜業の現場で、大きな技術革新はすでに終了しており、規模拡大や自律型農機の導入によっても働き方の形態や、必要とされる人員はさほど変わらないという。製粉工場では、人員削減が進んだ製造行程以上に人手を要しているのは品質管理部門で、早晩自動化システムが取って代わるだろう。経験を要する売買過程でもネットワーク化とデジタル化が進み、十分なデータベースが整い次第、日常業務の大半は無人化されるだろう。大型パン工場の自動化は製粉工場とのネットワーク化で既に行き着いていると思われるが、高くても美味しいパンを求める小規模の「名物パン店」が共存するであろう、という指摘は著者の好みを示して面白い。

コンバインハーベスター(刈取、脱穀、選別の超大型農機)やその他の農機、製粉機やロボット組み立て労働者の場合、現在多様なオプションに対応できるのは人間だが、人間型ロボットが(時にルールに違反する)労働者と共働出来るほど進化し、さらには自律型ロボットが次第に置き換えられれば、人間は事故が起きたときに必要とされる程度まで削減されるだろう。

倉庫やロジステックセンターでは、完全無人化が可能だ。20年後に荷を積んだトラックがアウトバーンを走れるか否かは、社会的需要と損害賠償保険適用の有無にかかっているに過ぎないとする。

自動車を除くこれらの「職域」では、省力化はほぼ完了状態にあり、「留めの一発」が行われたとしても社会へのインパクトはそう多くないだろう。

次に金融業やメディアになると、職住の仕切りはなくなり、コンセプトも際限なく広がる。著者の視野もインダストリーを超えたネットワーク世界の未来と人間にまで及ぶ。問題は頭脳労働に携わり社会の中核を担う人々の仕事のことだ。ここで必要とされるのは、決まったプログラムでパワフルに工程を繰り返す自動装置ではなく、自ら学習し臨機応変に対応出来る「同僚ロボット」である。

研究者たちはこのように複雑なプログラムを、ゲーム機など異分野のコンピュータアルゴリズムと各種のセンサーを応用することで容易に「飼い慣らせる」と考えているようだ。基本ソフトも、オープンソースを共同で使用することで、あらゆる識別・判断機能を限りなく付加して行けるようだ。それがまたネットワークに戻され、途方もないコンピュータ世界が構築されることになる。著者は知的応用の実例として、既に一部で稼働しているらしいスポーツ記事や、四半期決算書の文章を作成するロボットを紹介する。ここではあらゆるデータベースを駆使して結論まで導く(当然これらは公表されない)。弁護士事務所では論述の矛盾の検索をコンピュータに任せ、アシスタントや秘書の数を減らしている。

素人に理解できることは、「コンピュータ化はひっそりと進む」と言うこと、企業活動全体が人の手からアルゴリズムの「手」に渡ってしまうことだ。密かに。

同様に判ることは、「普通」の知的労働者たちが職を失い、再雇用は残る少ない職種を巡っての需給バランスから賃金が限りなく減少するだろうこと、逆に優れた技術者は引っ張りだこだが、利益は彼らを雇える豊富な資金と手段を有する企業に集中する。つまり社会の貧富の格差が拡大すること。

これに対して著者は時代に取り残されない学校教育や社会のパラダイムを変革出来る文系・社会学人材を増やせとも提言しているが、これだけではお題目に過ぎない。

ひどく暗い未来になりそうな予感だが、著者は人間が初めて労働から解放されるの悪いことばかりではないとも言う。だが働かなくとも食べて行けるのか。そもそもすべての人々が「創造的活動」なるものに夢中になれるのか。「成り行き任せ」は無責任だが、「技術革新を肯定する未来」が私には見えない。






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