書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

文学
今村氏はもうひとりの「超人」を世に出した。
書籍・作品名 : じんかん
著者・制作者名 : 今村翔吾 講談社2020年  
三好常雄(すすむA)   62才   男性   





昨年は三好長慶(1522-1564)の生誕500年だった。三好研究の両巨匠、今谷明氏と天野忠幸氏の著書を読んだが、そこに記された松永久秀に強く惹かれた。両著書からは、世評に反して、松永は三好一族に最後まで忠誠を尽くしたと読める。変だ。

関連書を捜して本書にたどり付いた。歴史書は史実から抜け出せないが、歴史小説は松永久秀を生き返らせる。本書は「第41回吉川栄治文学賞」を受賞作品である。

作家は久秀の「三つの悪行」を明確に否定する。織田信長が徳川家康に久秀を紹介する時の言葉だ。信長は「この男、人がなせぬ大悪を一生に内に三つもやってのけた」と言う。三つとは、「主家を凌ぎ、将軍を殺し、東大寺を焼く」だが、本書は、久秀は下剋上が当たり前の乱世の中で、我身を潰してまで三好家を守ったとする。三好長慶の継嫡子義興と久秀の嫡子久通が将軍照輝を殺したのは、久秀の意図ではなかったし、東大寺を炎上させたのは松永に対抗した三好三人衆だった。小説は信長自身がその真相を知っているとして、信長と久秀の心情の共通点を示唆する。心憎い作りである。

松永久秀の出自は明らかでない。そこは、作家の想像領域であり、魅力的な話を作り上げる。

話は十四歳になる九兵衛(久秀の幼名)と九歳になる弟の甚助が少年窃盗団入りから始まる。両親は京郊外の地で小商いをしていたが、二人が幼いうちに死に別れ、寺に預けられるが、稚児趣味の坊主を嫌って逃げ出す。二年後少年窃盗団は壊滅し、兄弟は別の寺に収容される。ここの老僧は三好家の密偵だった。その伝手で三好元長と出会い、兄弟で仕官することになる。エンターティメント小説に恥じず、久秀の初恋の日夏なども登場し、登場人物たちは後に再登場し、それぞれきっちりと落とし前をつける。

元長は祖父之長を堺で細川高国の謀略によって殺された後、故郷の阿波に戻って雌伏六年、再び堺に攻め入る。久秀は元長の密偵として大和に柳生家厳を訪れ、野武士500人を集めて元長の侵攻を助ける(家厳は後に久秀の軍事顧問となる)。小説では堺衆がこれらの野武士を雇い入れて町を警備させ、自治制度を作ることになる。元長は(堺公方と名乗る)足利義維、管領細川晴元と共に堺に居て、久秀に都を支配させる。近江に逃れた細川高国は5年後大軍を率いて上洛し、尼崎で打ち取られるも、次第に力を増してゆく元長に恐れを抱いた将軍義晴と晴元が示し合わせて、一向一揆を焚き付けて元長を襲い、元長は切腹して果てる。享年31歳。豪胆な元長は久秀と息が合った。元長が久秀に語った夢は、天皇や武士ではなく民衆に世を支配させること。この突拍子もない発想が、堺の自治制度の始まりと読める。久秀は元長の幼い遺児たちを連れて阿波に脱出する。

久秀は元長の嫡子元慶に重用される。十六年後、元慶は父の仇細川晴元を打ち取り、余勢を駆って畿内の大半と四国の半分を収める大大名になるが、将軍家や管領家の内輪もめに巻き込まれ、さらには肥大する三好家内部の統制にも悩むことになった。久秀も家中の嫉妬にさいなまれる。元慶は連歌や茶道、能を好む教養人で軟弱なところがあった。年を重ね、嫡男長興の病死もあって気弱になった長慶は讒言を信じやすく、弟の安宅冬康が謀反を企んでいるとの噂で彼を殺し、その後悔から二か月後に死んだ。久秀は元慶から継嫡子で甥の義継を後見してくれと頼まれており、三好家三人目の被官となる。元慶には言わずじまいだった元長の遺志を義継に伝えてみるが、凡庸な姪孫は理解できない。

三好を憎む将軍義輝が国人を扇動して一揆などを企てるのを、浅慮で血気にはやる若い義継が久秀の嫡子久通等と図って誅すが、久秀の思慮とは真逆なものだった。将軍殺しで味方が離反してゆく。三好家乗っ取りを企む三人組(歴史書はそこまで明言していないが、小説は善悪をはっきりさせる)は十九歳の義継を籠絡し、信長が追放した将軍義昭を抱え込む。義継は三人衆のたくらみを知り、久秀のもとに逃げ込む。久秀は織田軍が上洛するまで三人衆との戦いに持ちこたえて義継を安堵してもらい、自身も信長の臣下に収まる。それから五年後、武田信玄の上洛が伝わると、義継はまた三人組にたぶらかされて信長に逆らう。信玄は上洛途中で命を落とし、無傷の信長軍との勝ち目のない戦が始まった。久秀はこの度も義継に従う。今度の謀反を信長は許さなかった。その後は御存じの通り。久秀は四層の楼閣を有する豪奢な信貴山城で、名器平蜘蛛の茶釜を抱えて自爆する。享年六十九歳。

松永久秀とは何者だったのだろう。しばしば民衆と敵対した。だが信長のように根絶やしにしなかった。作家の言う「真のニヒリスト」だったからこそ異常なほど明晰に、執着して物事に対処できた。そういう人数え切れないが、今村翔吾氏はもう一人の「超人」を世に生み出したのである。






サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約