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文学
カリスマの絶望
書籍・作品名 : 鍵のかかった部屋
著者・制作者名 : ポール・オースター/柴田元幸訳 白水ブックス1993年  
三好常雄(すすむA)   62才   男性   





ポール・オースター『ニューヨーク三部作 The New York Trilogy 』の一冊である。唯一主人公の存在が確かだと感じられる作だ。小説内現在は1984年と明記されて、それを起点に登場人物の年譜も作ることができし、語り手の「僕」と再婚した彼の妻ソフィーや、彼の実子のベンの確固とした存在もある。主人公が最初から不在だったり、行方不明になったりする他の二作とはちがう。

語り手の「僕」とファンショー関係は、さしずめ「ギャツビーとニック」に例へられよう。しかしそんな緩い関係ではない。二人は中産階級が住む街の隣りあう家の同年生まれで兄弟のように育った。ファンショーは一種の天才少年で既に自分の「閉じた系」の中におり、他人の評価を自己の基準とする凡庸な「僕」はハラハラしながら彼につき従う少年だった。ファンショーはハーバード、「僕」はコロンビア大学に進み,二人は初めて別れて暮らすが、二年後彼は中退し失踪する。音信が途絶え、生死もわからない。

8年後「僕」はニューヨークで一応「気鋭の批評家」の評価を得ているが、内実は家賃の支払いにも事欠く売文業者だ。生活に追われ、まとまったものなど書けないと自虐する日々を送っている。ある日ソフィーと言う見知らぬ女性からの手紙を受けとる。ファンショーの妻だと名乗り、夫は6ヶ月前から行方不明になっているが、あなたに夫からの伝言がある、という。翌日彼女を訪れるが、まずその美しさに眼を奪われる。言伝ては、ファンショーが書き貯めた膨大な原稿を評価し、価値ある作品なら、出版代理人になって欲しいというものである。「僕」はソフィーに惹かれて原稿を持ち帰り、2週間かけて読み通すが、これまでに類を見ない小説だと感じる。

出版は大受けして、二人は大金持ちになり、同時に関係も深まる。ソフィーは夫の死亡を疑わない。世間ではファンショーと言う作家は存在せず、「僕」がゴーストライターではないか、との噂がたつ。出版社には「僕」がファンショーの自伝を書いても良いと言ってしまう。

そんな折り、ファンショーからの手紙が届く。生きていたのだ。自作の出版を喜び、自分は死んだことにして、ソフィーと結婚してやってくれ。僕を見つけたら君を殺すと。ソフィーには手紙を見せられない。読んだらファンショーに走ることが明白だからだ。急遽「僕」たちは離婚手続きが簡単なアラバマ州に飛び、ニューヨークで結婚する。「僕」はファンショーの伝記執筆を始めるが、本当の目的はファンショーの生死を確かめること。後半の物語は彼を捜すための「僕」の旅となる。

ファンショーが遍歴の先々から妹に宛てた手紙を借り、書かれている微かな手掛りを基に、彼が数年滞在していたというフランスまで行くが、実りはない。彼への憎しみが募る余り、「僕」は彼を追っているのか彼に追われているのか。彼を殺そうと願っているのか彼に殺されることを願っているのか判らなくなってくる。という、ポール・オースター得意の心理の逆転劇が楽しい。一月の探索の後、傷心の帰国となる。

ファンショーに憑つかれた「僕」は肝心なソフィーの愛情すら失いかける。結局伝記執筆は諦め、次男も生まれた。そして1982年、またもやファンショーの手紙が届く。「話をしたいから直ぐにボストンの自宅に来てくれ」と。ある雪の朝、昔は由緒あったらしい4階建ての崩壊寸前のファンショーの家を訪ねる。ドアの内側に銃を持ったファンショーが居て、「話をしたいと言ったが、会うとは言ってない、ドアを開けたらお前を殺す」と言う。今日死ぬつもりで既に毒を飲んだ」とも。

ファンショーの目的は、最近書き終えた「手記を読んで欲しい」というもの。帰路列車を待つ間に読んだ手記は明白な印象を残しつつも、「僕」の探索と同じく、全く内容のつかめない代物だった。一頁ずつ千切ってはゴミ箱に投げ入れる。完。さてこれをどう読むか。

凡庸な「僕」のファンショー探しは単純だ。ひとえにソフィーを愛していることに尽きる。では世間から身を隠したファンショーの意図はなにか。私の読みはファンショーの「カリスマ殺し」ファンショーは突然変異的なカリスマの持主だった。あらゆる人から魅了された。ファンショーと同級生だった編集者の弟は「皆が彼を〚未来の大統領〛だと言っていた」とまで言う。ファンショーが自身の「カリスマ」を知ったのは、妹が彼を魅了するあまり、ついには精神病にまで陥ってしまった時だろう。それ故失踪したのだ。徹底的に忌避するには身を隠すしかない。だが試みに「僕」に評価を依頼した小説は大成功を収め、何時か身元も割れるだろう。死ぬしかない。一言でいえば「カリスマ」の絶望だ。ファンショーは「鍵のかかった」部屋の中でしか、いきることが出来なかった。







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