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文学
これは「探偵小説」だ
書籍・作品名 : 幽霊たち
著者・制作者名 : ポール・オースター/柴田元幸訳 新潮文庫1995年  
三好常雄(すすむA)   62才   男性   





Paul Auster〚The New York Trilogy ニューヨーク三部作〛の二作目で一番短い作品である。それだけに無駄がなく、饒舌だが気をそがれずに読める。オースターはポストモダン作家の旗手としてゆるぎない地位を占めているので、彼の作品を「生きることの不安」だとか、「存在の不確かさ」などの観点から読み解こうとする論者も多い。だが恣意的な解釈を優先させるあまり、肝心なストーリーを逸脱してしまうケースが多いのも事実だが、身構えるあまりの「やりすぎ」だ。三部作とはいえ、それぞれ別のカテゴリーに属すと思いたい。オースターは元々推理作家だった、

一作目の「ガラスの街」に比べれば、読後に残る謎は少ない。探偵ブルーの、ブラウンやバイオレットとの交渉は余白として切り捨てても問題ない。ということは、この本は読み終わった時にすべての問題は解決しているという探偵小説の定番を崩していないと言える。

ある日新米探偵ブルーがホワイトという顧客から、ブラックという人物を見張ってくれと依頼される。ブラックと向かい合わせの部屋が用意され、ブルーの義務は、毎週一回顧客の指定する私書箱に報告書を送るということ。見張りの期間は未定。馬鹿正直なブルーは、理由も聞かず二年以上もこの依頼と格闘することになる。当然恋人も失う。

このブラックなる人物、終始部屋に閉じこもって書き物や読書をしており、その外には、決まった時間の散歩、食料の買い出し、といったお決まりの行動パターン。それを向かいの部屋から覗き見するブルー。双眼鏡でブラックが熱心に読んでいる本がヘンリー・D. ソロー〚ウォールデン 森の生活〛だと知り、早速本屋で求め、何かの手掛かりがないかと、熱心に読むブルーだが、そんなものは本のどこにもない。週一のレポートに心血を注ぐブルー。彼が行っていることは、向かい合わせの部屋でブラックがしていることと寸分も違わない。やがてブルーは彼を観察することは自分を観察することに過ぎないと気づく。「自我の浮遊感」、文学的なテーマである。

しかし、もともと思索派であるよりは行動派であるブルーは動き始める。その次第は、作者の言を借用すれば「入り組んだ話が続くのだが」、最後にブラックはホワイトと同一人物だと見抜く。

なぜこんな手の込んだことをするのかは、伏線を読み込めば容易にわかる。ブラック=ホワイトは不治の病に侵されていて余命いくばくもない。せめてブルーに彼の孤独な死に際を見届けて欲しい。出来るならば、彼の「死刑執行人」になって欲しい、と望んでいるのである。うまうまとはめられたブルーは、最後にブラックが望む通りの行動に出てしまう。物語の最大の謎が解けた。ブルーが判らなかったもう一つの謎的な出来事、マンハッタンのホテルでブラックと会って泣き崩れる女性との逢引き。彼女は彼の病の重さを知る知人、親類、恋人の誰かだと思えば、納得がゆく。

こう推理するからには、証拠を示さなければならない。ブルーとブラックとの会話にやたら幽霊が出てくること。プリマス教会の前を行く古今の幽霊たち、作家という職業は生きていて既に幽霊だと述べるブラック(自分のことを言っている)。ブラックは既に半分彼方の世界にいるのだ。虫の知らせか、ブルーまでが翼をもがれた第2級幽霊の登場する映画『素晴らしき哉!人生』を夢に見てしまう。極め付きは「何のために俺が必要だったというんだ?」というブルーの問いに答えて、「何のために俺が必要だったというんだ?自分が何をしていることになっているか、私が忘れないためにさ……[君は]私を付け回し……錐のようにその視線を私の中に食い込ませていた。いいかね、ブルー、君は私にとっての全世界だった。そして私は君を、私の死の立会人に仕立て上げた」というキワ台詞、これで十分だろう。

最後の最後まで残った謎は、冒頭の「一九四七年二月三日」という記述。この年に歴史を揺るがすような出来事はなかった。唯一あったのは作者ポール・オースターの誕生である。三十年前に旅立って行ったブルーとは何者か。オースターの縁につながる幽霊か。他の著書に書かれているのかも知れないが、本物語とは関係ない。






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