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評者◆志村有弘
日野あすかの規模雄大な歴史・時代小説(「あべの文学」)――人生の運・不運を考えさせられる稲葉けい子の現代小説(「木木」)
No.3446 ・ 2020年05月02日




■歴史・時代小説では、日野あすかの「あかね空」(あべの文学第30号)が、規模雄大な力作。主人公は綿造りをしているよねと夫の孫六。舞台は冒頭の場面から慶長二十年の大坂夏の陣に溯行し、残酷な戦いの場が展開する。豊臣方の足軽として参戦した与一の身を案じるお梅は野伏りに襲われて死ぬ。よねも危ういところを大野主馬に救われた。与一は落城のおり、明石全登を船着き場に案内したことで、斬首される。歳月が流れ、綿造りに励むよねたちは京の糸問屋の手代和助から良い種を貰い、見事な綿を作っていた。豊臣が滅んで三十四年も経つのに、和助は主馬の次男であったことで処刑される。孫六とよねは刑場に行き和助ら兄弟三人の冥福を祈る。よねは和助が母を綿の布団に寝かせてやりたいと言っていたことを思い出し、夫に和助の母に綿を贈ろう、と話しかける。悲惨な戦い、その陰で泣く女や百姓の哀れさが際立つが、人の心の優しさも……。文章も巧みだ。
 朝倉昴の「その城を攻めさせろ」(茶話歴談第2号)は、読ませる作品。主人公は、真田昌幸配下の忍びの小助。「私」(作品の作者)の家に葵の紋のついた短刀があることから作品が展開。徳川家康陣の小山城に入り込んだ小助は、家康から短刀を貰った。真田一族は、昌幸と幸村が西軍(豊臣)につき、信幸(信之)が東軍(徳川)につくことを決めたので、徳川秀忠は上田城を攻めた。家康は「断じて上田城を攻めてはならぬ」と書いたのを、小助が「断じて上田城を攻めるべし」と書き替えたとする。小助は十五年前、本多正信のそばにお香を忍びとして送り込ませていたが、実はお香の父は北条の家臣で、沼田城攻撃のおり、真田軍に殺されていた。そうしたことを知らずに小助は、お香を正信のもとに奉公に出し、お香は小助に父と接するような態度を示していた。後に、小助はお香から「真田忍びも甘いわ」と嘲笑される。やがて、小助は穴山小助と渾名され、幸村と真田十勇士の物語を書こうと思う。着想の鋭さと構想の豊かさを称えたい。
 寺田ゆう子の「御伽草子」(R&W第27号)は、哀れな最期を遂げた女の魂魄を描く話と女の生霊が夫を殺す話の二篇を収録する「妬忌」、そして白玉・般若夫婦を迫害した閻魔を三途の川に追い立てる奪衣婆の姿を描く「閻魔と白玉」。『今昔物語集』・『雨月物語』を根底に、丁寧な文章で物語を展開させる王朝小説。
 現代小説では、稲葉けい子の「流離」(木木第32号)が、力作。時は東日本大震災が起こる前年。作品の語り手である糸子の夫茂の妹夫婦の波乱に満ちた流転の人生を綴る。悪気はないのだが、そのおりおりに発した言葉や対応に対する悔い。茂の妹夫婦も良かれと思って行動していたのだが、裏目々々と出てしまう。妹夫婦は福井県のどこかにいるはずだが、福井には自殺の名所東尋坊があり、糸子は義妹は行くところがなくて「東尋坊に佇んでいるかもしれない」と思ったりして、身震いをする。大変な内容だが、人生とは……人の運・不運とは……等々を考えさせられる。
 藤井総子の短編「姉妹」(海峡第43号)は、語り手である「わたし」(大学生)と姉(小児科医)との悲しい別れを描く。車で実家に帰るとき、トラックと衝突し、「わたし」は義足を付けることになり、姉は初めは何事もなかったかに見えたが、脳出血を起こし、死んでいく。絶望的になった「わたし」は大学を退学したけれど、やがて姉の入った大学を受験して小児科医になろうと思う。母の周章狼狽、心優しい姉の風貌、穏やかな医師の姿もよく描かれている。悲劇なのだが、最後に安堵感。佳作。
 詩では、宮沢肇の「D師の詩論」(花第77号)が、見事。「詩はいつかあなたの方へ/歩いてやってきますよ」と諭したD師の言葉を支えに苦行とも見える詩作を続けてきた一人の詩人の歩みを読み取る感じがする。そして詩は悲しいまでに澄んでいる。
 短歌では、河野幸子の「起点」(八雁第49号)と題する「柿好きの母でありしよ何も言わぬ父でありしよ柿色づけり」・「故郷を思えばいつも道の上幼きわれと弟ひとり」。作者の優しさが美しい旋律。
 「滸」が創刊された。同人諸氏のご健筆をお祈りしたい。「AMAZON」第499号が星野敬三、「樹林」第658号が田辺聖子・長谷川龍生、「日曜作家」第29号が大原正義、「北方文学」第80号がさとうのぶひと・長谷川龍生、「ほほづゑ」第103号が副島晃、「玲瓏」第101号が照屋眞理子の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。(文中、敬称略)
(相模女子大学名誉教授)







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