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評者◆凪一木
その44 さあ試験日。
No.3445 ・ 2020年04月25日




■私の同僚で「銭さん」という、『一〇一回目のプロポーズ』ならぬ、一〇四個目の資格を目指している兵がいることは、ここで何度か書いた。
 銭さんにして、ビル管試験は難関であった。一九九六年の一二・二%という「凸凹の底」側の年ではあったが、丸一年間をかけて、過去問題一〇年分を一〇回繰り返し、絶対に受かる自信を持って臨んだ。その結果が、ギリギリの合格であった。試験終了後も、銭さんの自信は続いていた。ところが、自己採点を始めてみると仰天する。いよいよ顔色が青ざめたわけである。
 この凸凹自体がまずおかしい。合格者数の多い年と少ない年とでは、倍どころか、四倍違う。二〇〇六年に八一一人合格者と、前年の三五一二人合格者から大幅四分の一以下になっている。私の受けた二〇一九年もまた、大幅減が分かって、受けている。
 ネット上でも、ビル管試験合格方法について書かれている。その人は、〈一〇〇回ほど国家試験を受験した僕から一つだけ試験のコツを伝授しよう。〉と記し、本当に優秀なビル管理士を見極める試験としては評価できる問題もあるが、おかしな問題が含まれ、自分に任せてくれるなら、もっとまともな問題を作成すると続ける。また、こうも書いている。
 〈JETC(「赤本」と呼ばれる問題集の出版社)は正規の回答が出てからHPでも回答を数箇所訂正している。それほど現場に携わる立場にも疑問点が多い問題が含まれている。そんな国家試験は一〇〇回ほど様々な試験を受験している私にも初めてです。〉
 とにかく、合格率操作のためか、おかしな問題が多い試験でもある。試験後に、難問奇問を愚痴るのがこの試験の風物詩ともなっている。それぐらいに、変化球ではなく、打てないボール球を投げてくる。
 盲目の弁護士大胡田誠は、八年掛かって五回目の挑戦で司法試験に合格した。一日一二時間勉強した。早大政経学部に合格した俳優の波岡一喜にインタビューしたことがある。彼は、浪人中、一日一三時間勉強したと言っていた。
 蒼井優と結婚した人気芸人の山里亮太も、インタビューで、こう語っている。
 「朝の7~9時から予備校代の一部を払うために千葉駅などでティッシュ配りのアルバイトを週3~5日して、そこから予備校の授業や自習室で夜9時まで勉強しました。家に帰って食事、入浴をして11時ごろまで復習。毎日ずっと続けました」(朝日新聞デジタル/二〇一五年一二月一七日)
 私も必死に勉強した。私の試験の最大の極意は、第一に「問題を解かない」ことだ。どういうことか。問題集の問題を解かない。解いてはいけない。解答を見て、そのまま読む。ただそれだけだ。読む。物語を読むように、それをひたすら繰り返す。余計なあり得ない物語は読む必要がない。有り得べき物語をあえて予想する必要もない。時間の無駄である。
 分からない問題を解く行為自体が、分からないことを考えているにすぎない。ものを覚えるというのは、たとえば、プロ野球を知らない人間が、まずチームの数を覚え、次にチーム名を覚える。そして監督、選手、コーチ、それぞれの特徴、成績と進んでいくが、いきなり「ロッテの一九八七年の四番打者は誰でしょう」と問われて考えてもしょうがない。答えを見て覚えるしかないのである。
 まず答えを見るのが最初であるから、したがって、解答が問題の遠くにあるものは、私に言わせれば、既にダメな参考書である。行ったり来たりする時間、ページを探す無駄、面倒くささ、それらは何一つ試験にとって効果をもたらさない。問題を見ると、つい考えてしまう。解こうとしてしまうのが、多くの人間にとって、これまでの習性であろう。これがまったくの無駄。無意味。分からない問題を解くのは、チーム名も知らない人間が、ロッテの八七年の四番打者の名前を考えているにすぎない(答えはリーでも落合でもない。高沢秀昭だ)。
 知っていることを思い出そうとするのならばまだしも、分からない問題を考え悩んでも、分かりっこない。
 ところで、勉強時間についてだ。
 人間というのは「何か・かにか」をして、時間を過ごす。一日二四時間といっても、仕事をする時間、ご飯を食べる時間、寝る時間、通勤する時間、スポーツなどの運動をする時間、レジャーなどの娯楽時間、その他の活動時間、全く何をするでもなく沈思黙考などに費やす時間、そしてそれ以外にここで、「勉強をする時間」が、受験には加わってくる。もちろん受験をしなくとも、勉強をする人はいるが、そうであっても、試験のために特別に費やすそれは、余計な出来事、もしくはイレギュラーな難題、思わぬスペース確保として加わってくるものだ。さて、その時間をどうやって食いこませるか、或いはどうやって新たに作るか。
 私で言うと、一〇月六日の試験日に対して、六カ月前の四月に勉強を始めた。過去問八年分問題集合計五周を目標にしていたのだが、やっと一周を終えたのが、試験一か月前の八月三〇日であった。五カ月掛かって「たったの一周」である。あとの四周を二〇カ月ならぬ一カ月でやらねばならぬ事態に追い込まれた。五カ月目の一カ月間、実は、会社の仕事はもちろん、自らの会社を訴えての労働運動をはじめ、また他社のデモにも加わり、しかも映画もやはり一〇本ほど試写で観て、劇場の新作も三本観ている。さすがに原稿は一本も書かなかったが、病気及び、試験における体力のための運動や通院もあり、そこでどうやって時間を作るかがテーマであった。
 ラスト一カ月が勝負である。結局、一周=一五〇日間、二周=二〇日間、三周=一〇日間、四周=二日間で試験の前々日に四周を終えた。
 自分が合格したあとの様子と、不合格のあとの様子を想像してみる。そうしたら、おのずと、勉強するだろう。不合格では、時間もお金も無駄である。転職や手当のアップも望めない。良いことはほとんどない。あるとすれば、その後にそれをバネとして、別の成果をもたらした場合に「良かった」とする自己解釈。その領域に達する方がずっと難しいことは、説明不要だろう。だからこそ「今」なのである。今こそ勉強を、今やろう。そうして臨んだ試験であった。万全とは言わないまでも、合格ぐらいはする自信はあった。ところが、である。
 それは、次回のこころだ。
(建築物管理)







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