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評者◆伊達政保
錦糸町河内音頭に携わった36年の蓄積を基にした書き下ろし――鷲巣功著『河内音頭』(ele‐king Books・本体三〇〇〇円)
No.3432 ・ 2020年01月25日
■全関東河内音頭振興隊を引継ぎ首都圏河内音頭推進協議会(イヤコラセ東京)が企画してきた「すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り」。しかし、開催当初の志の変化や諸般の事情により2018年の第37回開催以後、推進協議会は企画から撤退することになった。なお、現在も開催されている錦糸町河内音頭は、これまでの企画とは異なったものであり、首都圈河内音頭推進協議会も独自の活動を継続中。
なんとこの撤退が予想外の本を生み出した。協議会議長である鷲巣功(音楽制作等)が錦糸町河内音頭に携わった36年の蓄積を基に書き下ろしで『河内音頭』(ele‐king Books)を刊行したのだ。これまで河内音頭関連の本といえば全関東河内音頭振興隊隊長・朝倉喬司著『芸能の始原に向かって』(ミュージック・マガジン)、平岡正明著『河内音頭・ゆれる』(朝日出版社)、全関東河内音頭振興隊編『日本一あぶない音楽‐‐河内音頭の世界』(JICC出版局)などがあったが、この本はそれらを越えるものと言っていいだろう。書き出しの河内の音頭場を尋ね歩く様子から河内文化圏の風景・風土など、オイラ思い起こせば40年ほど前、故・朝倉隊長達と河内音頭の櫓を求めて河内の野面を歩き廻ったことが懐かしく思い出される。そう、文体は違えども、朝倉喬司の文章を彷彿とさせるのだ。 そして本書の白眉とも言えるのは、音楽的河内音頭の構造分析である。音楽制作に長らく関わってきた著者の経験と知識からの分析には納得させられるものがある。まず河内音頭は即興で表現される芸能であるというところから、ジャズ、黒人音楽とのアナロジーで評価が始まった。ブルースやR&B、ファンクなどに例えた解釈も行われた。ミシシッピー・デルタを河内デルタと捉え、ディープ・サウスをディープ河内と冗談で言っていたほどだ。 しかしそこにあるのは西洋音楽ではなく、西洋とは異なった音程感覚、タイム感覚である。それを著者は矛盾とは知りながら、西洋音楽の楽譜を使って説明しようとしている。ありゃ、何処かで読んだ気が。1968年に書かれた山下洋輔氏の「ブルーノート研究」だ。詳しくは本書を読んでほしいが、音頭取りの師匠が言う「節」と「音楽」の違いがよく分かるのだ。そして盆踊りのための音頭・演奏ということが重要であると著者は指摘している。 また各会派の運営方法や師匠の紹介、河内音頭の代表的演目の解説など盛り沢山である。巻末には朝倉喬司の「かえりみすれば河内音頭」と題された講演記録も収められている。日本独自の表現方法とエネルギーに満ちた現在の大衆音楽である河内音頭。その音頭愛にあふれた本がこれだ。 |
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