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評者◆石黒健治
死と写真の回廊②――志賀理江子―3 『ブラインドデート』
No.3431 ・ 2020年01月18日




■『螺旋海岸』展のあと、志賀さんには世界中から、注目とおそらく難題も多数押し寄せた。
 東京都写真美術館の丹羽晴美さんが、志賀さんのアトリエを訪れ、個展開催を呼びかけ、企画準備に入ったのは、2014年。『ブラインドデート』展(2017年、丸亀市・猪熊弦一郎現代美術館)の準備中で、志賀さんは結婚して母になっていた。
 『ブラインドデート』が撮影されたのは、『螺旋海岸』よりも前、2009年である。
 実は、志賀さんは津波ですべてを失ったわけではなかった。ハードディスクが見つかってデータが生きていた。さらにバンコクの写真屋さんに約100点のデータが残っていた。
 準備中のあるとき、志賀さんは、町の人を相手にアンケートを実施した(ブラインドデートテキスト)。
 《大切な人が亡くなった。しかしこの世には宗教や儀式の決まり事がなにもない。そのとき、あなたはどのように弔いますか?》
 思い切った、根源的な問いに、志賀さんはどんな答えを期待したのか?
 近親者が集う既存の儀式をなぞったものが多い中で、肉体を食べる骨も焼いて食べる、土に埋めて野菜の種をまいて育てて食べる。樹木の栄養になるように木の下に埋めて森を作る。など、命ある者は皆、食物連鎖の自然の掟に従うとする答えが目立っている。たぶん、志賀さんの考えを代弁しているのだろう。
 また或る日志賀さんは、いがらしみきお『I』の帯にこころを奪われる。
 《――幼い頃からずっと考えてきた生と死のこと。命の意味。その先にある“答え”を、今なら描ける気がする。》
 想像だが、志賀さんは、まさに自分の言うべき文言だ、わが意を得たりと異常に昂揚した。『I』の読書会を開き、『ブラインドデート』のリレートークでいがらし氏と語り合う。人間の存在、宗教、暗闇、そして言葉――。「神様ににじり寄る」「にんげん農場の大きな穴」「弔いはその臨終を看取ること」といがらし氏は語る(いがらしみきお、ブラインドデートテキストWorkshop)。これらはキーワードとなって彼女のイメージに定着し、『人間の春』に映像となったと思われる。「暴れてやる、ああ、よかった」。彼女は、自分こそ、今こそ、「生と死と命の意味」について答えてみせる、と思ったであろう。
 いがらし氏は、対談の中で、「志賀さんがタイに行って、タンデムしているアベックと視線が合ったときに、これが写真のテーマになるかも知れないと直感する」、そういう瞬間を指摘した。
 志賀さんはバイクの少女たちに、「ずっとカメラを、私を見つめていて、と頼んだ」。
 撮影から8年の間に、志賀さんが遭遇した現実は、巨大なものだった。彼女を襲ったのはもちろん地震。津波。『螺旋海岸』展。結婚。妊娠。出産。それらから得たもの、失ったものを彼女は『ブラインドデート』展に持ち込もうとする。当然だが、無理もある。
 彼女は〈弔〉をテーマに据えた。21台のスライドプロジェクターと、臨月のときエコー検査で録音した心音と、点滅を繰り返す電球。そして大量の言葉と。
 しかし志賀さんは、これらのインストールについて、ちょっと無理な理由づけ、言い訳で二重三重にガードしながら、あるむなしさを感じていたのではないか? 
 彼女自身のつぶやきが聞こえてくる。「私は撮影のとき、「肉眼で見えない領域が写真に写った」と思えることを、作品とするボーダーラインにしていました」。
 「8年前のバンコクの少女たちが見ていたものは、私ではなかったということ。そのことに何年もかかってやっと気づいた」(「美術手帖」2017年9月号)。
 『ブラインドデート』のオリジナルには、見えないものが確かに写っている。これらの写真からは、作家のイノセントな感性の響きをきくことができる。
 このころは『人間の春』の準備の最中でもあった。廃業したパチンコ店を借りたアトリエで、試作の立方体と共に生活する毎日。
 「私は展示室は墓地になってはいけないという気持ちが以前はすごくあって。(中略)墓は本来どんなものものだったのか? と辿っていくと、殯に行き着きます。つい先ほどまで生きていたその体が、次第に腐敗し、空気中のあらゆる微生物に分解され、鳥や動物や虫に食われ、ゆっくりとこの地上に解けて、循環していき、養分と成り、新たな命となる。だから展覧会場もそのようであったら良いな、という願いがあって。つまり、展示を見た人と強く身体的に結ばれるような場」(竹内万里子対談、ブラインドデートtalks and workshop)。
 志賀さんが丹羽さんに展示の開始はどうしても春でなければならない、と主張した2019年3月が近づいている。
(写真家)
(つづく)







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