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評者◆石黒健治
死と写真の回廊②――志賀理江子‐1 「写真は生」
No.3427 ・ 2019年12月14日




■志賀理江子さんは、3月11日、車で買い物に北釜を出た、その帰り道、「橋を渡りはじめたら、川の水がそれこそ貨物列車のようなスピードで逆流して溢れて」。志賀さんの車もビシャーっと泥水をかぶったが、どうにか引き返し、そのまま二晩を車の中で、「そのあとは仮設住宅が出来るまで中学校体育館の避難所で過ごすことに」なった。
 北釜地区は人口370人、戸数107戸。53名が亡くなり1名が行方不明、建物はすべて全壊。志賀さんのアトリエは影も形もなくなった。住んでいた借家は屋根だけが泥の中に見つかった。PCの端っこが顔を出していたので、「掘り出していちおうアップルに送って見たけれどやっぱりダメでした」(月刊「あいだ」2014年8月20日発行、第195号)。
 志賀さんはほとんど全てを失ったが、数日後には知人からカメラを借りて被災地の現場の撮影を始める。
 1ヶ月も経たない4月5日、「心配してくださった皆様へ」と題して、志賀さんは記す。
 「……あの日一瞬だけ、時間、生、死、全ての感情、物の価値などが崩壊して、そこにあった全てが見渡す限り真っ平らになった。(中略)それで今、あの均一な暗い夜を取り戻すことばかり考えて、二度と絶対に嫌だけど、でも逆にあの時間が体から消えてしまうのが怖いのです」(同前)。
 3ヶ月後の6月には、せんだいメディアテークでの連続レクチャー「考えるテーブル」を始める。12年3月まで10回をこなしながら、2014年の同館でのインスタレーション『螺旋海岸』の準備を進めた。
 のちに志賀さんは、2019年3月、『人間の春』展を機に行った後藤繁雄氏のインタビューで、次のように話している。
 「結果的にわたしが心を病まなかったのは、肉体を伴って見るということがそのときに起こったからだと思います。(中略)肉体とともに何かを見る。(中略)その身体的な感覚が見ることに必要だということは、確実に、震災の11日の夜に気づいたことでした」。そして、「今考えると、……その日たまたま集落にいなくて、あの状況をテレビでずっと見ていたらと想像することのほうが恐ろしいです」(後藤繁雄 RE‐think現代写真論「来たるべき写真への旅」)。
 東京でテレビの前で震えていた『美しい顔』の北条裕子さんと、避難所のダンボールの家で写真を撮られていた少女と、志賀さんとが、一見三重に重なって見える。
 違う――。
 志賀さんが見たものと『美しい顔』の少女の見たものとは、ほとんど同じものだ。しかし、それぞれの視線の反射がもたらすものは、似て非なるの見本のようだ。 
 北条さんは『美しい顔』で〈見るという地獄〉と書いた。
 志賀さんは、肉体を伴って〈地獄を見た〉。
 写真は肉体で撮る。肉体が撮る。
 こころを病まずに生きる。
 『美しい顔』の少女のように、震災からも日常からも〈負けて負けて負け続けて〉などいなかった。カメラをそろーり、そろーりと向けたりしなかったのだ。
 これほど堅実な写真、確実な生き方があるだろうか、とふと思う。少しばかりの羨望をこめて。

 《写真によって生け贄にされた人物や風景が、あの世に捧げたものを見よ。》
 2008年度の木村伊兵衛賞を『リリー』と共に受賞した写真集『カナリア』の帯の文である。かなり昂揚した、思い詰めたようすだが、さっぱり意味がわからない。
 志賀さんは自ら解説する。「……写真は明らかに生だという感覚です。(中略)シャッターを押した瞬間、押した者はその露光時間分の自らの生を対象に向かって、生け贄のように捧げる。その代わりに、向こうから送り返されてくるのは「この先」の生である」(「美術手帖」2008年7月号)。
 「現実、実際、生は宙に浮いている状態ですが、死は必ず訪れるため一番実体がある。(中略)「写真は生」というのは、唯一言える確かなこと。そうでないと私がなぜ写真にこんなに執着しているか、自分でも説明がつかないからです」(「アサヒカメラ」2008年3月号)。
 死は一番実体がある、とは? 志賀流の自動筆記的な言動は多くの読者・関係者諸氏を幻惑させて、誰も意味不明だなどと言いい出さないのが不思議だ。だがしかし、『カナリア』と『リリー』は、写真も言葉も、おそらく志賀理江子の原点であることは確かだろう。ここで語られた「写真は生」のこだわりは、微妙に変化しながら、2019年の『人間の春』まで一貫している、ように見える。
(写真家)
(つづく)







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