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評者◆殿島三紀
野生の梨は甘くない――監督 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『読まれなかった小説』
No.3426 ・ 2019年12月07日




■『細い目』『スペインは呼んでいる』『ラフィキ ふたりの夢』などを観た。
 『細い目』。監督は10年前に急逝したマレーシアのヤスミン・アフマド。マレー系の少女と中国系の少年との初恋を描いた作品。「ふん、今さら初恋なんて」と思わない方がいい。純愛と人情と笑いと涙。そして、少年たちを巻き込む闇世界の存在。多民族、多宗教、多言語社会であるマレーシアそのもののようにいろいろな要素が混在しつつ、調和し、この国の孕む問題をつきつけてくる。寅さんファンでおばあさんが日本人だった監督。もう少し長生きして欲しかった。
 『スペインは呼んでいる』。マイケル・ウィンターボトム監督作品。イギリスのショービズ界で活躍する五十男2人がグルメ取材の旅に出るという人気シリーズ。顎足枕付きでグルメ三昧、高級ホテル泊、友達とおしゃべりしながらのスペイン旅行と羨ましがらせるが、実は酸っぱいことや痛いことも多いお年頃。人生ままならないことをしみじみかみしめる時の方が多い2人だ。
 『ラフィキ ふたりの夢』。監督はケニア・ナイロビ生まれのワヌリ・カヒウ。数々の賞を受け、いま最も輝いているアフリカ新世代の一人だ。本作は女の子が女の子を好きになるお話だが、アフリカで同性愛は殺されかねない禁忌であり、犯罪である。許されない愛の形でも好きなんだから仕方ないよね、とばかりに突っ走っていく少女たちがぶち当たる現実。でも、彼女たちには若さと希望がある。カラフルな色彩がはじける本邦初のケニア映画だ。
 今回紹介する新作映画は『読まれなかった小説』。父と息子を描いたトルコの映画。監督はヌリ・ビルゲ・ジェイランである。カンヌ8賞の他、世界中で93の賞に輝く世界的巨匠。1959年生まれの監督は本作で第51回トルコ映画批評家協会賞の作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞・助演女優賞・助演男優賞の最多6冠に輝く。写真家としても活躍するトルコを代表する監督だ。構図、色彩、そして、原題でもある「野生の梨の木」。そのねじれた木の存在はまさに写真家としての目であろうし、本作のテーマでもあろう。
 舞台はヨーロッパとアジアを分かつダーダネルス海峡に面したトルコ北西部の都市チャナカレ。ギリシア神話のトロイ戦争で有名な「トロイの木馬」やトルコ人の誇り「ガリポリの戦い」についての話題が劇中にも登場する。ガリポリの戦いといえば『チャーチル ノルマンジーの決断』(17)でチャーチルを失意のどん底に落とした英雄・ムスタファ・ケマルが指揮した戦いだ。だが、それらは主題ではない。
 主人公は父と息子。父はギャンブル好きな学校教師であり、大学を卒業したばかりの息子は父と同じく教師になろうかと迷っているのだが、実は、小説を書き、出版したいと思っている。競馬好きで借金まみれで、ヘラヘラ笑って村中から軽蔑されている父。トルコの田舎では笑い過ぎる男は嫌われるのだ。小説は出版したものの本は売れず、家族にも読んでもらえず、教員試験も落ちた息子。
 息子と宗教家の間で交わされる延々と続く宗教論。そして、彼らの会話を横から上からロングショットで写し出すカメラ。息子を見送る犬の寂しげな目。合間合間に差し込まれる井戸の存在。脈絡のない叙事詩のようでありながら、父から息子へ受け継がれていく生。怒って、怒って、死に、再び、生まれ、怒って、死んでいく。その中央に貫かれる父から息子への愛。
 しかし、トルコという国は「群盲象を評す」のごとく触った場所や描いた場所で見え方が全然違う国だ。これまでに見たことのないトルコを観た気がする。外から見るトルコではなく、内部から見たトルコ人の精神のありよう、現代のトルコ人の心の葛藤まで見せてもらった。
(フリーライター)







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