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評者◆稲賀繁美
ミメーシス美学からの解放と錯綜する東方装飾の誘惑――欧州日本趣味とイスラーム美術愛好とのあいだを三点測量する
No.3425 ・ 2019年11月30日




■三上次男は『陶磁の道』(1969)でカイロ郊外のフスタートの遺蹟に言及し、出土した「ペルシア三彩」を根拠に、唐と中東との古代海上交易を夢想した。実際には所謂「ペルシア三彩」は明器である唐三彩とは技法上も無縁だったが、中東地域の陶磁には「ペルシア」の名称が奉られた。奈良を訪れたルネ・グルッセは正倉院に「シルク・ロードの終着駅」を見た。また唐三彩の収集には、国際石油市場に殴り込みをかけた「海賊」出光佐三も関与している。当時の文献に頻出する「ペルシアン・ブルー」はベルリンで19世紀中葉に発明された「プルシアン・ブルー」と混線している。この人工染料の次世代の発明が「ウルトラマリン」。その開発者の息であったフランス人、エミール・ギメは、古代エジプトのイシス信仰が西はゴロワやケルトに、そして東は仏教と東漸し日本にまで到達したとの夢想に惹かれ、世界宗教博物館を構想する。当時欧州で人気の東方趣味Orientalismeを尻目に、ギメの関心からはイスラーム世界中東圏は脱落していた。
 世界周遊が可能となった19世紀後半、オリエントの彼方、極東が視野に入る。海軍士官ピエール・ロティはロシュフォールの館、「中東の間」の隣に「お菊さん」の「日本間」を設えた。ギュスターヴ・モローの聖書画の装飾にはインドや極東の意匠も混入する。カタルーニャのマリアノ・フォルトゥニーの中東趣味は著名だが、その息子は川村清雄と知己となり日本趣味に沈潜する。テオフィール・ゴーチエは中東装飾に心酔したが、その娘ジュディットは西園寺公望や山本芳翠と交友も結ぶ。アルベール・カーン財団の資金を得てサマルカンドの写真集を刊行したユーグ・クラフトは、日本で購入した木造建築をパリ郊外に移築し、「緑の里」に文人たちを招く。世紀末にルーヴル美術館に新設された「美術骨董」部門に着任したガストン・ミジョンは中東と極東とを共に専門とし、伝統ある「絵画」部門と予算獲得を争った。「ペルシア陶磁」専門家として知られたレーモン・ケクランはパリ日本愛好協会の重鎮でもあった。美術アカデミー推奨の物語絵画への反措定が東方装飾に仮託される。
 非西欧世界の装飾美術を総覧・制覇しようとの覇気。この潮流に先鞭をつけた著作は英国のオウエン・ジョーンズ『装飾の文法』(1853)。そこではまだ未認知だった日本は、10年後にはロンドン万国博覧会で注目を集め、「日本趣味」が流行となる。グラナダはアルハンブラに代表されるイスラーム装飾はその幾何学的抽象性と無限連続の増殖反復が美的規範とされたが、日本は中国風の左右相称を破った破格と不規則さゆえにシェノーやルイ・ゴンスらの目を驚かせ、世紀末ドイツ語圏では「神経藝術」の異名を取る。その振幅にヴィルヘルム・ヴォーリンガーの『抽象と感情移入』(1908)が目配せする一方、画家ホィスラーの友人だったアーサー=ジェローム・エディはカンディンスキーの『藝術における精神性』など極東では常識で、日本人たちは「気韻」に精通している、との自説を開陳する。
 日露戦争後に欧州の日本趣味は急速に退潮し、代わってイスラーム美術が復権を遂げる。ミュンヘンでの大規模な展覧会に触発され、フランツ・マルクやパウル・クレーも北アフリカを訪ねる。モロッコ体験後のマティスは、人体形象からの脱皮と装飾の復権を画布のうえで模索する。晩年の「切り紙」は色彩と線との対立を止揚する。剪紙細工が古来中国や日本にあったと青山義雄から聞き、マティスは驚きを隠さない。クプカの抽象絵画も日本の型紙を下敷きとしていた。「霊感は東方から」は紋切り型だが、そう語ったマティスは、揺れ動く「東方」Orientの実体をどこに捉えていたのだろうか。







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