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評者◆凪一木
その21 やくざか堅気か、仁義か奴隷か。
No.3422 ・ 2019年11月09日




■前回、こちらの直訴には何も答えず、自分の要求だけはしっかりと伝えてくる典型的なサラリーマン上司の男(わが現場の所長)を紹介したが、やくざか堅気かという問題がある。私怨発散の場のつもりもないのだが、所長の中にあるサイコパスとはまた違った、ニッポンのサラリーマン社会が抱える我が身可愛さの保身的な「悪」について、書きたい。
 人のために敢えては動かない。冷酷で都合のよいお上の理屈。エゴイスティックな狡猾さと世間を恐れての変わり身。会社と心中しながらのミーイズム。
 沖縄空手の上地流の副所長が、所長に対して、自らの進退を賭けて、「Sを現場から出さないのなら、自分が辞める」と言い放つまでには、相当の時間をかけて、本社の上司に直訴し「頑張った」としか言いようのない粘りと頑張りを見せていた。その言葉を、簡単に一蹴するどころか、無視をした。それに続いての私の決意にもまた、こう言った。
 「辞めるならどうぞ」
 二〇一八年一月五日早朝に、名古屋市の中学一年生女子が飛び降り自殺した。大阪から転校してきたのが前年の九月だ。「名古屋市いじめ対策検討会議」は、翌一九年の四月に「いじめについては目撃者がおらず認められない」と結論。遺族らが「いじめについて記されたアンケート結果がある」と反論すると、委員から「そのアンケートは無記名なので、今回の調査で対象にしていない」と告げられた。
 娘の父親は「人の命とはこのような扱いを受けなければならないほど軽いものなのでしょうか」と会見で言い放った。人の命を何だと思っているのか。わが所長もまた、部下の失職を何だと思っているのか。ふざけるなという言葉をどこに向けよう。
 1=いじめた張本人たち。2=近くで見ていた友達もどきの傍観者たち。3=教師及びいじめた子と傍観した子の親たち。4=動こうとしない第三者委員会と警察。5=事実を少なくとも知って何もしない近所や周囲の人間。
 罪の深さをランク付けするならA級が1、B級が3と4、C級が2と5であろう。
 所長は、分類でいえば「2」であり、かつ「3」ではないか。
 たった今、我が子が、学校でいじめを受け、手首を切っていたなら、親はこれを何とかしようと思うだろう。今この問題をこそ解決しようと思うはずだ。今、たった今、会社でサイコパスや、でたらめ上司に、不当ないじめや差別やパワハラを受け、人生ごと潰されそうになっている人間が何をすべきか。助けてくれよ。助けてやれよ。
 侠気とは何か。
 実は母校は医者の学校と言われており、国立大学医学部医学科の合格者ランキングで、在籍当時は、二十数年連続全国第一位を記録していた。近年は、一位が開成、二位が桜蔭学園で、母校は三位である。何が言いたいのか。医者の友達が多いということだ。にもかかわらず、私が三二歳でがんに罹り、病院と喧嘩して飛び出し路頭に迷ったときに、誰ひとりとして力を貸してくれない。お為ごかしの言葉で、相談に乗ってもくれなかった。頼りになったのは、全然別の人間だった。
 かつて、社内に侵入してきた右翼の爺イに、ラーメンを熱いスープごとぶっかけられたことがあった。この男は、社長と懇意の隣に住む別の社長で、二人で土地転がしなどをやっていた「お友達」だ。ワンマン社長の下で、部長にとっても「意見」しづらく頭の上がらない立場の男であった。だが、この時、元日本鋼管の部長は、右翼に対して、こう怒鳴った。「うちの社員に何をする。社長の友達であることなど関係ない」と。
 私はこの男に付いていこうと思った。
 浪人時代に、札幌でズタ袋を、街中、昼のさなかに運んでいけと言われたことがある。いわゆるいじめだ。当時の私は自暴自棄で、そのぐらい平気だった。だがこの時、ただの平社員の男が、食ってかかった。「そんなことをさせるな。出世する者もしなくなる。凪さんも従うことはない」。
 以後、この男の言うことを聞いた。
 有名歌手の話だ。高知で親分に呼ばれクラブで歌った。「深夜の一二時までに返す」という約束だった。間の悪いことに、高知の上層部にあたる四国の親分がやってきて一緒に飲み始めた。一一時四五分を過ぎる。「もう少し、良いではないか」。歌手もまた、仕方がない許容範囲と考えた。
 だが約束は約束だ。高知の親分は、「時間が時間なので」と、四国の親分の前で、自らの指を切断した。絆が出来た。
 もう死んでしまったが、南木という脚本家がいた。悪評極まりない男であった。「なぜ、あいつと付き合うのか」。多くの人間から何度も言われた。この男は、内臓が潰れるほど、寿司を食って、私を助けた。何度も私のために、どんな時でも動き、いつでもやってきた。絆が出来てしまっては、そりゃあ、私だって絶対に応えるよ。
 四九歳の所長に、退職を口にした五九歳の副所長は、実際のところ、辞めたいわけじゃない。切り札として我が身をさらけ出しただけだ。そこが分からないのか。やくざ映画のいうところの、「男が男に応える」文化は、会社にはないのか。
 南木に、高知の親分に、部長に、ズタ袋の先輩に、こういう人物にこそ「付いていこう」「応えよう」と思うものだ。「情」ではないか。これが通用しないのがサイコパスだ。或る意味では、サラリーマンというのは、サイコパスを最上とするバカな下層階級のことかもしれぬ。
 辞めるってことは、そんな簡単なことではないよ。上から目線で、元請け目線で、大手目線で、天下り目線で、いったい何が分かるのか。会社を辞めて転職を繰り返すということは、無闇やたらと転居することに等しい。同じ地域であろうが、遠くであろうが、また新しい人間関係を、ご近所関係をそこの住居で作るように、再び三たび金と手間暇と時間を費やす。そのリスクを分かっているのか。少ない退職金の問題。新たな就職活動における「辞めた理由」の追及に始まる、さまざまに生活上の、精神衛生上の、自分を信じる上でのマイナスが追ってくる。下手をすると、「あれがホームレスとなる最初のきっかけだったのか……」などと感慨に耽る日がやってこないとも限らない。
 余裕があっても助けない。頼んでも動かない。一方で、肝心な時に、何を持っていなくても、頼りになる奴がいる。侠気とはそういうことだ。それは、サラリーマンであろうと可能なのだ。ここは仁義なきビル管なのか。
(建築物管理)







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