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評者◆poppen
冒険に次ぐ冒険により紡がれる近未来SF
落下世界 上・下
ウィル・マッキントッシュ著、茂木健訳
No.3421 ・ 2019年11月02日




■『落下世界』は大学で心理学の教師を勤めた後、専業作家に転身したSF作家ウィル・マッキントッシュの本邦初紹介作品である。作者はこれまで9本の長編作品と多数の短編を発表しているが、これは2016年の作品になる。
 本書は上下巻だが、カバーイラストを上下につなげると『落下世界』というタイトル通り、空に浮かぶ島々を背景に落下していく男女――落ちていく女に、手をのばす男――というヴィジュアルが立ち上がる。分冊のカバーイラストといえば、左右でつながるものがほとんどの中、この上下というアイデアを考えたのは素晴しいなあと思った次第。本書のストーリーも、このイラストが示す通り、冒険に次ぐ冒険により紡がれる近未来SFである(ただし、あとで書くけれど、考証は弱め)。
 上下巻で600ページと、まあまあの分量だが、冒険SFは大好きなジャンルなので、夢中になってほぼノンストップで読んでしまった。
 ストーリーは、主人公である男が部屋で目覚めるところからはじまる。だが、男にはここがどこだか分からない。それどころか、記憶もなく、自分の名前すら分からない。ただ、文字こそ読めないが、言葉は頭に浮かぶ。周りにも人はいるが、みな同じ状況でどうしていいか分からず、ただうろたえるばかり。
 いったいなにがあったのか。男が建物の外に出てみると、人々が断崖で空を見て呆然と立ちすくむ場面に出食わす。かれらの向こうにあったのは、ただどこまでもつづく空。そしてかれらの眼下にも、どこまでもつづく虚空。そこは空を浮かぶ島だった――というのが冒頭である。
 男は自分のポケットにあった写真の中で、自分と一緒に写っていた魅力的な女性を探すことを決意する。とはいえ、島は30分もあれば、1周できてしまう世界。なによりも生き延びなければならない。残された人々は廃墟を漁り、徒党を組んで身を守り、さらに口減らしのため子供たちを島から落とすという、ポスト・アポカリプス的様相を呈していくのだ。そんな中、男は女の子ひとりを救い、その過程である女性と知りあい、ちょっとした疑似家族的なものを作るに至るのだが、そこから思わぬ展開で文字通りの「落下」が展開されていく訳である。
 ストーリーは、ここまで語った〈島〉パートと並行して、世界大戦の足音が近づく〈現代〉パートが描かれていく。
 〈現代〉パートでは、サウジアラビアの石油危機に端を発した争いにより、ロシアがインドへ致死率がきわめて高い伝染病をもたらす複数の新型細菌兵器を散布するという事態に陥っている。物理学者であるピーターは、新型結核菌を治癒するための切り札として、デュプリケーターと呼ばれる機器の開発に成功した。デュプリケーターを使えば、ワームホール効果により、生きている内臓をそのまま複製することができる。つまり、完全な移植を実現することが可能なのだ。さらにもうひとつの新型伝染病、神経症を治療するためのウイルスの副作用――重度の記憶喪失の誘発も、ピーターの友人、ウーゴにより抑えられる目処がつけられつつあった――。
 というような形で、〈現代〉パートでは、〈島〉パートに至ると思われるヒントが散りばめられ、徐々にふたつのパートは収斂していくのである。
 さて、本書におけるSF考証だが、冒頭にも書いた通り、ひいき目にいって、かなり弱め。たとえば、物語の根幹をなすといっていい〈島〉世界の成立の謎についても、考証もへったくれもないといった感じだし、デュプリケーターに関しても、簡単に書けば「ワームホールでこうなるみたいなんだけど、詳しいことは分からん」とまとめられてしまう(ただ、この「よく分からないで使っている」ということがのちの悲劇につながるのはうまい)。その他、ある人物に遭遇する確率は? とか、あの人たちはいったい何がしたいの? とか、現代でこんなゲームの『大戦略』みたいな展開になる戦争ってあるんだろうか? とか、正直いって、つっこもうと思えば、いくらでもつっこめてしまう。
 では、面白くないかといえば、さにあらず。非常に面白いんですなー。作者は、アイデアありきではじまり、そこからキャラクターやストーリーを膨らませていくタイプだそうだが、アイデア先行型と思いきや、ストーリーテリングの妙もなかなかのもの。近年はヤングアダルトSFに注力しているようだが、なるほど、「ストーリー‥考証」の比が後者に重くなりがちな作品よりも、前者のウェイトを上げるヤングアダルトSFの方がその作風にあっていると感じられる。
 好き嫌いが分かれる作品であろうと思うが、SFに「ワンダー」や「冒険」を求める向きには文句なしにオススメの一作である。







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