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評者◆睡蓮みどり
演技と/の言葉――二ノ宮隆太郎監督『お嬢ちゃん』、富田克也監督『典座 ‐TENZO‐』、パークプム・ウォンプム監督『ホームステイ ボクと僕の100日間』、ヤスミン・アフマド監督『細い目』
No.3418 ・ 2019年10月12日




■ふと思う。日々の会話のなかで一体どれだけのことを自分は本心で喋っているのだろうか、と。私は時々あからさまに本心ではないことを口にする。わざとのときもあるが、癖になってしまったのか、わざとではないのにそうなってしまうときがある。自分でも喋りながら「本当はそんなこと思ってないんだけど」などと思っているのだ。何でそんなことをするのか、と聞かれてもよくわからない。楽しんでいるかというと必ずしもそういうわけでもない。自己防衛、と言われたらそういう一面もあるのかもしれない。だとしたら、一体何から自分を守ろうとしているのか。何だろう。結局自分でもよくわかっていない。
 『お嬢ちゃん』(新宿K's cinemaにて公開中、以降全国順次)を観ながらそんなことを考えた。ヒロインのみのり(萩原みのり)はカフェで働く美人と評判の女の子だ。アルバイトの先輩や同僚、同じ街に住む男たちからも何かにつけて美人だ美人だと言われる。が、本人にとっては別に嬉しいことでもなく、むしろそのことが彼女にとって邪魔になっているとさえ言ってもいい。みのりはいつも不機嫌だ。いつも苛立っている。女を物色するような男たちのチャラチャラした視線にも、薄っぺらい興味を投げかけてくる言葉にも、はっきりと嫌なことを嫌だと言えない友人にも苛立っている。
 みのりの言葉のとげとげしさを他人事だと思うことができなくて、彼女の強気な瞳を若さだとは切り捨てられなくて、不十分な言葉の端にある沈黙に胸が痛む。彼女は他人に向けられた自分の言葉が正しさではないことを知っていて、自分自身の言葉に自分で苛立ち、時折傷つく。鎌倉を舞台にした若者たちの群像劇は、引き目にみれば爽やかに映るかもしれない。しかし一歩彼らに踏み込んで近づこうとした瞬間に、むせ返るような夏の暑さと、潮の匂いの混じったぬるい風は決して心地よくはないと気づく。そんな生々しさがこの映画にはある。『枯葉のこと』で主演も演じ自伝的な物語を見せた二ノ宮隆太郎監督は今後さらに注目されるべき作り手だ。

 映像制作集団「空族」でインディペンデント映画をつくり続ける富田克也監督の最新作『典座』は仏教をテーマにした作品だ。前作『バンコクナイツ』でもそうだったが、正直言って非常に困惑させられる。ドキュメンタリーかと思っていると突然芝居が始まる。なぜそれが芝居だとわかるかというと演技がおぼつかないからだ。あえてドキュメンタリーではなく登場人物たちに言葉を語らせ芝居をさせるのだ。
 監督の実のいとこでもあり主人公の智賢(河口智賢)は家族と暮らしながら、いのちの電話相談を受け、精進料理教室なども積極的にやるなど、日々の生活と仏教の教えを大切に生きている。一方で、兄弟子の隆行(倉島隆行)は3・11震災の津波によって全てをなくし、現在は瓦礫撤去の作業をしながらひとり仮設住宅に暮らしている。日々の生活のなかで息詰まっていく智賢は、曹洞宗の尼僧、愛知専門尼僧堂堂長であり正法寺住職である青山俊董の話を聞きにいく。俊董老師と対話するなかで、智賢は少しずつ変わっていく。救う側だったはずの智賢が救われてゆくようにも映る。智賢は、自分自身の生活や胸に抱える感情におそらくは非常に近い言葉を喋りながら、しかし確かに演じている。演じることと現実、整えられつくられた言葉とまっすぐな素の言葉が入り混じる。この映画はまるで何かに導かれるようにしてたゆたい、しかし確実に物語の上を進んでいく。やはり奇妙な感覚にならざるを得ない。

 産経児童出版文化賞を受賞した森絵都の小説『カラフル』は日本でも二度映画化されている。とりわけ、原恵一監督のアニメーション映画が傑作だと思っている。同じ原作でバンコクを舞台に撮影したのが『ホームステイ ボクと僕の100日間』だ。「当選しました」の声でボクが目覚めると、どうやら自殺して既に死亡したはずの少年ミンの姿で生き返っている。100日の間にミンがなぜ自殺したのかを探れなければ、魂は永遠に消え去るというのだ。世界で大ヒットしたタイ映画『バッド・ジーニアス』のチームが手がけ、主人公ミンは『バッド・ジーニアス』で悪役を演じたティーラドン・スパパンピンヨーが務める。
 「人生は一時的に身体にホームステイするようなもの」だという、そんな原作の言葉に監督は深く共感したという。ミッションとして与えられた自殺の原因を突き止めるべく手がかりを手繰り寄せるうちに、ボクが知ったのは目を背けたくなるようなやり切れないミンの人生だ。家族との関係、初恋の相手の秘密、知りたくもないことばかり知ってしまったナイーブな少年は、しかし少しだけ強くなる。原作を知っているせいかストーリー自体にもはや驚きはないのだが、エンターテインメント性に富んだ飽きさせない演出でテンポよく進んでゆく。憧れの先輩パイ役はBNK48で1位になったというチャープラン・アーリークン。信仰深い仏教国であるタイにおいて、輪廻転成ができなくなるという意味は日本で感じるそれとは異なるはずだ。ホラー映画を手がけてきた監督だから、というだけでなく生まれ変われなくなることへの恐怖の表現は、タイでリメイクされたからこそより強まったのかもしれない。

 『細い目』は2009年に急逝したマレーシアの監督、ヤスミン・アフマドの2作目にあたる作品で、オーキッド3部作の最初の作品である。彼女のミューズとなるシャリファ・アマニがヒロインを演じる。没後10年として今夏にも特集上映が組まれたが、改めて『細い目』が公開されることになった。マレーシアの少女オーキッドと中国の少年ジェイソンの恋模様を描いた物語だ。
 初めて『タレンタイム~優しい歌』を観たときも衝撃を受けた。なぜそれまでこの監督の作品を知らないで生きてきてしまったのだろう、という悔しささえ覚えた。マレーシアは30以上の民族からなる多民族国家だ。当然、民族だけでなく文化や宗教、言語も入り混じっている。ジェイソンは詩を書くのが好きなロマンチックな少年だ。排他的な考えがなく、自由な精神を持つオーキッドとジェイソンの間に壁などなさそうだが、燃え上がりつつある情熱の炎とともに障害の存在もあぶり出される。少年少女の淡い初恋が、深い愛情に変わるその瞬間、圧倒的な力強さと優しさに包まれていることに気づき胸が高鳴る。初恋というのは永遠に終わらないものだということを思い出した。
(女優・文筆家)







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