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評者◆凪一木
その17 警備してますか~――設備から独立していった業界
No.3418 ・ 2019年10月12日




■ダブルたけしで、養老孟司の『バカの壁』(新潮社)、ビートたけし『バカ論』(新潮社)という本がある。読んではいないがおそらく、当たり前に世に蔓延るバカを面白おかしく切っているのだろう。だが、その中には少しのくすぐりというか、バカにしつつも多少のおとし褒め、けなしつつも持ち上げている部分があるはずだ。全くのバカは、使い物にならないから職場などにはいないと思われているが、そんなことはないのが、或る現場だ。傍で見るのにも嫌気がさしている。警備である。
 私の見たところ、愛すべきバカはほとんどいない。いても、パワハラで追い出されてしまい、残っているのが、彼らである。パワハラをする側か、もしくはギリギリ耐えている、バカ。「誰にでも出来ます」的な触れ込みでもって、頭数を揃えれば何とかなるという考えで、三〇時間の現任講習を経させて(ただ眠っていても過ぎる座学)、そのまま配置するのが警備業務だ。
 「いや、それは違う」と反論する警備のお偉方はいるだろう。だが、所詮は建前に過ぎない。後ろ向きのファイティングポーズで、「お前ら、要らんことしゃべるなよ」と隊員に檄を飛ばすくらい張りぼて隊長の戯言にすぎない。その檄は、全く通じないどころか、聴いてすら貰えず、バカがダダ漏れ状態となっている。
 だいたいの隊長は、少々出来が良くて、世の中のことを知っているから、出来が悪くて世の中を知らない隊員相手に、法螺や自慢話を吹かして、表向きは「さすが隊長」などと言われて、裏では「座っているだけのバカ隊長」と嫌われている。
 そこで見たバカの数々は、書いても切りがない。一例だけ上げると、「そうですね」とオウム返しの暖簾に腕押しでしかない自衛隊上がり(下がり)の二等兵と呼ばれる男がいる。
 初めはただ従順なのかと勘違いするが、三日も付き合っていると、ただのバカだと気付く。何一つ答えが返ってこない。ただ頷くだけで、「結局お前はどうなんだ?」と問われても「そうですね」と返す。「じゃあ。どうしたらいいか言ってみろ」「どうしましょうかね」「どっちなんだと言ってんだよ」「どっちなんでしょうね」「AかBかを訊いているんだ」「AともBとも言えないですね」。逆に言質を取られまいとする知力の優れた戦法なのかとも思った。バカのふりをしている狡猾なスパイのような、優れた人物というわけだ。
 「どうなんでしょうねえ」「なーるほど」「そうですね」。そのうち、「A地点に不審な物があるから見てこい」といわれて、「よくわかりませんねえ」とか、「お前がやったのか」「そうでしょうねえ」などと頓珍漢な答えが頻出することに気付く。要はバカなのだ。ところが、こいつが、まだましな方で、「あの二等兵、ちょっとヤバくないですか」と話を振っても、「バカだから相手にするな」という隊員もいるけれども、それは少数派で、大半が「結構頑張って仕事をやっている方じゃないか」という評価なのである。二等兵がかなりましな方なのである。そういう現場である。
 確かに、設備(ビルメン)にも、屋上で小便してる奴とか、廊下に裸で寝ている奴とか、事例はいくらでもあるのだが、突発的程度で、日常化してはいない。
 警備は日常的に、常態化したバカのオンパレードで、バカを止められず、野放しでかつ人手不足から、辞めさせることもできない。
 警備業は少なくとも、世の中には知られている。にもかかわらず、その実態が、物語として、実録として、あまり世に出ていないのは、単に、字を書ける人材がいなかっただけであろう。或いはカッコいい面だけが強調されている。警備業界は、たとえば二〇一三年一二月末で九一〇〇社(警察庁)あり、警備業者の警備員数別状況は、一〇〇人未満の警備業者が八一五〇と全体の八九・三%を占めている。全体としては大手の占める割合が大きいビル管理業に比べると、小さな会社の乱立しているのが警備業だ。だが売上ではセコムとアルソックの二社が独占しているような格好だ。中小企業が九〇%も占める警備業界は常に人手不足で、全国の警備員数は五四万人とビル管の約半分しかいない。
 そのトップに君臨する「セコム」であるが、専門業者の請負がどんどんと現れ始める中で現れた創業者の飯田亮が、ビルメンテナンスの守衛を独立できないかと考え、始まった会社だ。それは建物だけではなく、都市の警備は他にもたくさんあるだろうというもので、初めはビルメンテナンスの一つである施設警備から学んだそうだ。そして飯田は戸田寿一と、一九六二年に日本警備保障株式会社(現セコム株式会社)を創業する。
 これが人気の職業となるには、ジャンプボードとなる出来事があったからだ。
 飯田亮の肝いりで始まったテレビドラマが大ヒットした。六五年からセコムをモデルとしたTBS系の「ザ・ガードマン」だ。実に六年九カ月続く長寿シリーズとなり、当時まだ発展途上だった警備という業種が知られ、イメージは完全に定着する。「守衛」という名で知られていた警備業を一気に「ガードマン」として知らしめることになった。その後は「ザ・ボディガード」「ザ・ゴリラ7」や「男たちの旅路」の八〇年代までテレビドラマでもお馴染みのヒーローとなって、警備は憧れの職業としても、危険で困難な職業としても、注目され、空港や霞が関周辺からデパートや駐車場まで巡回や保安、或いは交通誘導などの雑踏警備と、街でハッキリと「認知される」職業となった。世間に知られたわけだ。
 しかし、これはあまりにも、直接に現場で接する、かつ就職市場に繁茂する警備の実態とは違う。英雄のはずもなく、以上少々書いたような、まさに、設備の人間を超える、史上最大の情けない男たちの吹き溜まりの世界である。同じ防災センターに詰める設備員にとって、実はこの警備員を見るのがとても苦痛なのだ。他社であるだけに口を出すわけにもいかず、じっと、その様子を見るだけである。所詮、隣の芝生ではある。
 貶めるつもりはなく、喧嘩を売っているわけでもない。本気で警備について記す者がいないものかと、現場でいつもそう思わされる毎日なのである。
(建築物管理)







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