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評者◆睡蓮みどり
忘れがたい夏――佐古忠彦監督『米軍が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』、ザザ・ハルヴァシ監督『聖なる泉の少女』
No.3412 ・ 2019年08月17日




■暑い。つい先日までまたまた南インドとスリランカに行っていたが、それよりも東京の方がずっと暑く感じる。夏だ。先日、商店街が夏祭りで殺到する阿佐ヶ谷で、鈴木邦男さんのお誕生日会が開催され、山本太郎さん、蓮池透さん、頭脳警察のPANTAさん、森達也監督、アーチャリーこと松本麗華さんら、そうそうたる「社会派」メンバーがゲスト出演するなか、ちっとも「社会派」じゃない私もちょこっと写真集の宣伝も兼ねて出演させてもらった。ものすごい場違い感! 選挙後も注目の集まる山本太郎さんへの質問が飛び交うなか、「もし総理になったら特にアメリカとの外交をどうするか」と観客席から質問があり、「今はまだ日本は実質アメリカの支配下にあるのと変わらないので、対等になるように努めていく」と語っていた。あと、「編集だといいように変えられるから、今はテレビは生放送しか出ない」と戦う姿勢は健在。カンペの文字もまともに読めないそこらの政治家とは違って、まっすぐに観客の目を見て答える。メモも見ずに自分の頭に入っている言葉や調べたことを述べ、国民の言葉に耳を傾ける。だから届くのだという実感する。
なかなかアツいイベントだった。
 今後も忘れがたい出来事になりそうだと思ったのは、津田大介さんが芸術監督を務めたあいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」騒動だ。展示された「平和の少女像」を巡って、像を撤去するようにとの抗議・脅迫があったという。名古屋市の河村市長は「日本人、国民の心を踏みにじるもの」とか言っていたようだけど、私は「日本人」でも「日本国民」でもあるかもしれないけれど、決して「心を踏みにじ」られてはいない。勝手なことを言わないで欲しい。そういう安易な発言の方によっぽど「心を踏みにじ」られているように感じる。日韓関係の悪化が加速しているなかで危険視する人たちが一部いたとしても、抗議の電話をかける声の大きな人のために、そのほか考えること、実際に見て感じることさえ奪われるなんて、悲しすぎる。というか危機感を覚える。とりあえず大きな声で喚けばいいという人たちに私は嫌悪しかない。愛知県知事の大村秀章さんは憲法21条を出して、「政府が芸術に介入すべきではない」ことをピシャリと言っていた。その通りだと思う。屈しないで生きるってそんなに難しいことなのかな。



 「不屈」という言葉をまさに生き抜いた政治家がいたということを『米軍が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』(佐古忠彦監督)で知る。日々、日記を書き続けたという瀬長亀次郎の言葉が劇中何度も紹介されるのだが、その言葉ひとつひとつに宿った信念と力強さが響いてくるのだ。決して一人の政治家を祭りあげた映画ではないということは、冒頭から監督が今の沖縄へ向ける眼差しからカメジローを見つめていることからわかるだろう。「偉人伝」ではない。現在の沖縄を含んだ、もっともっと先――未来のことを見据えてこの映画が作られたことが伝わってくる。
 戦後、沖縄を支配していたアメリカ軍によって自由を奪われていたのは紛れもなくそこに暮らす人々だ。権力によってねじ伏せられた彼ら彼女らの怒りや悲しみ、焼き付いて離れない悲惨な光景、体験。カメジローは「英雄」としてではなく「政治家」として生きる人々の感情を背負い、ぶつける。もちろん米軍に対してだけではなく、当時首相だった佐藤栄作に向かっても淀みない言葉を投げかける。不当に逮捕され、演説会場では執拗な嫌がらせを受け、被選挙権さえ奪われた男が、病院で書き綴った日記に書かれていた「戦争屋ども」の文字は、決して米軍のみを指すものではないだろう。また「暴力はセナガ個人を倒せても、11万人の市民は倒せない」と、地に根を張るガジュマルの木を持ち出しながら書き綴る。実の父親から、絶縁を突きつけられた際の手紙には親子とはにわかに信じがたいほど辛辣な言葉が並んでいた――「アカになった」「村の恥」「死んだ方がいい」。それでも彼は屈しない。現在の沖縄には紛れもなくカメジローの血が流れているだろう、ということを実感させられる。



 ミュージシャンで俳優の内田裕也さんが今年3月に亡くなられたが、彼の“映画の”ロックンロールに迫った『内田裕也、スクリーン上のロックンロール』(キネマ旬報社)が面白かった。インタビュアーがガンガン容赦なく踏み込んで聞き出していくのに呼応して、軽快なテンポでロックンロールしていく。あくまで「俳優」としての彼に光を当てていくわけだ。裕也さんが出演されている映画は個人的にも好きな作品が多い。その場面を何度も思い出しながら言葉に胸を踊らせた。映画作品自体をもちろんぜひ見て欲しいというのはあるが、見た人にとっても、おそらくまだ見ていない人にとっても、内田さんの声を脳裏によみがえらせながら、映画の解説や裏話を聞いているような妙なお得感がある。記憶力が著しく悪い私にとっては、よくこんなに覚えているなと感心させられることも多々あった。とりわけ可愛がっていた安岡力也さんとのエピソードは、印象深かった。裏話を垣間聞きながら、深い愛情を感じる。夏休みに何の映画を見ようか迷っている良い子のみんなにおすすめの一冊。



 さて、この死ぬほど暑い夏にぜひおすすめする映画のもう一本は『聖なる泉の少女』(ザザ・ハルヴァシ監督)だ。雪の広がる神秘的な土地に暮らす一人の少女ナーメ(マリスカ・ディアサミゼ)。三人の兄たちがそれぞれ違う道へと進んでいったことから、彼女自身が古くから伝わる人々の心身の傷を癒す泉を守り、人々を治療することを運命づけられる。一方で、村の青年に恋をし、自分が普通の生活をできないことに思い悩む、ごく普通の少女でもある。ワインでも有名な自然豊かなグルジア(ジョージア)の地に、まだキリスト教が浸透する以前のもっと昔の物語としてこの作品は描かれるという。この映画は本当に静かだ。じっと画面を見ているとその世界にふっと吸い込まれそうになる。自然や人々が変化していくなかで、儚げな雰囲気を持ち合わせながらも、まるでナーメだけがどの時代とも無関係に君臨しているかのように凛としている。彼女は何にも消費されない存在として映画のなかに佇んでいるのだ。この映画に通る芯の強さが普遍性を持って問いかけてくることはいうまでもない。きっと映画館を出る頃には、豊かな気分と涼しさを全身に纏っていることかと思います。
(女優・文筆家)







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