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評者◆稲賀繁美
火山的想像力と仏教的創作観――セザンヌ・ゴーガン・ゴッホの創作を貫く隠された糸
No.3407 ・ 2019年07月13日




■Paul Cezanne,Paul Gauguin,Vincent van Gogh――。この三人に何が共通するだろうか。20世紀前半に活躍したドイツの美術評論家ユリウス・マイヤー=グレーフェはかれらを表現主義者expressionistenと命名し、それ以前の印象派Impressionistenとは区別した。その後の近代主義的な歴史解釈は、ロジャ・フライからマイヤー・シャピロまで、概ねこの路線を継承してきた。だがここに異なる観点を導入したい。一方を火山的想像力imagination volcanique、他方を仏教的創作観vision bouddhique de la creationと呼ぼう。
 ゴーガンは世紀末にカリブ海の仏領マルティニックを訪れる。主都サン・ピエールはプレー火山の麓に広がっていたが、1902年の大噴火によって壊滅する。それ以前の光景をゴーガンは油彩に留めていたが、同地のクレオール語の話し言葉を丹念に収集していのたがラフカディオ・ハーン、後の小泉八雲だった。ふたりは壊滅以前のサン・ピエールの街路で、面識ないまますれ違っていた公算が高い。そのハーンは、友人にプレー火山を北斎の富嶽と比較してみせていたが、ゴーガンもまた、陶磁器制作で炎の試練による創作について語っている。
 南仏はエクス・アン・プロヴァンスに居を構えたセザンヌは、ジョワシャン・ガスケの証言によれば、聖ヴィクトワール山を北斎の富嶽と比較されることを嫌っていた。嫌っていたからには、周囲でそうした比較がなされていたことになる。後にマルセイユ大学の古生物学者となるフォルチュネ・マリオンと幼馴染みだったエクスの巨匠は、フランス古典派プッサンの神話画の背景の山岳に畏怖を覚え、それを故郷の岩山に託していた、という。火を噴くエトナ山に、プッサンは独眼の巨人キキュロープスの姿を投影する。その傑作《我もまたアルカディアに》の背景に見える古代の山塊は、聖ヴィクトワール山へと変容する。「あの山は火の山、あの石の塊は火」とはガスケが伝えるセザンヌの言葉。持田季未子の生前最後の著『セザンヌの地質学』に肖って、表現主義者における地質学的創作想像力を摘出したい。
 山塊が過去の地球の造山運動の露頭ならば、現在の生命にも過去の生物の痕跡が宿っている。個々の生命は実際には多数の魂の集合体なのだ――。それが小泉八雲の直観であり、哲学者の西田幾多郎は八雲の機微に通じていた。大自然の生々流転に寄り添い、創作を再定義する。制作された作品総体の相互関係の網の目の裡に、個々の作品に潜む意味が浮かび上がる。ここにもセザンヌ、ゴーガン、ゴッホに共通する創作観の「転回」を指摘できよう。タヒチの民の「剥奪された記憶」を紡ぎなおすのが、詩人ヴィクトール・セガレンの見たゴーガンの営みであり、極東の日本への転生の夢を育んだファン・ゴッホは、南洋の未開の地に移住したゴーガンと楽園願望を共有する。両者はまた輪廻転生や涅槃といった仏教的な観念にも親しんでいた。それとは対極と映るセザンヌの「実現」realisationとは一筆一筆のうちに「永遠の現在」を体験する行であり、20世紀になるとマックス・ラファエルといったドイツ語圏の学者は、そこにマイスター・エックハルトの異端すれすれの神秘主義との感応を認めようとする。そして実際、極東にあっては、エックハルトの言葉がセザンヌの言葉と混線し、「一即多・一即一切」といった華厳教学や神人合一の即身成仏の思想に頼ったセザンヌ解釈を醸成し、思わぬ展開を見せる。
 それらはけっして荒唐無稽な思い付きではあるまい。西欧植民地主義が地球を踏破し、その表面を覆い尽くす。その結果人類文化史が描くに至った、必然かつ究極の「楽園表象」が、そこに析出したのではなかったか。
*科学研究費助成事業による国際シンポジウム「ポスト印象派におけるユートピアの表象――セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン」京都工藝繊維大学、2019年6月25日における筆者の即興発言より摘要した。発表者の圀府寺司、Andre Dombrowski,Dario Gamboni、主催機関の永井隆則教授および日仏美術学会関係者に謝意を表す。







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