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評者◆凪一木
その4 学校(高年齢者校)に通う
No.3405 ・ 2019年06月29日




■ビルメンテナンスという仕事は、ほとんど定年間近の人間が、前職をお払い箱となり、定年まで或いは死ぬまで時間があって、なおかつ生活できないという人が、最後の望みでもって、集まってきた職場である。わずかばかりの稼ぎのために、ギリギリの付け焼き刃的な資格と技術でもってつじつま合わせのように、取り繕い、時間を過ごす内容と言えるものだ。
 そのために、実は多くの者が、学校に通う。前職の時代にビルメンテナンス用に合わせて、資格を取るという人はいないに等しい。
 皆が皆に近い形で、或る学校に通うのだ。それは職安(ハローワーク)から紹介される形で、半分以上の人はその中身について訳も分からず通う羽目になる。
 場所によってポリテクとか訓練校と呼ばれる。いずれ詳しく記す。
 私もそうだった。「ビル管」になるなど思いもしなかったし、そんな職業があることも知らなかった。私の行った学校は、東京の飯田橋にある学校だ。「ビル管の東大」と言われている。正確には、「東京都立中央・城北職業能力開発センター高年齢者校・ビル管理科」という。
 ビルといっても、一〇階建クラスの小さいビルは少なく、ほとんど大都市にしかない、三〇階建て以上のコンピュータ管理されたビルが現場だ。そうでもなければ、あえてお金を掛けてビル管を雇ったりせずに、自社の社員が掃除なり業者の手配をする。
 したがって、そういう学校自体もそんなに多くはない。私の通った高年齢者校も、関東一円から年間六〇人しか合格できないため、受験倍率も高く、問題も難しい。リーマンショックの時は合格率七倍以上の難関であった。当時の新聞求職欄は、一面の全体が埋まらずに下の方にわずかしか載っていなかった。中学卒業の一九六三年に集団就職で鹿児島から大阪に出て、のちに演歌の星となったのは森進一だ。大阪から彼は夜行列車に乗り込み、東京で、新聞の求職欄を見て荻窪のラーメン屋に飛び込んだ。当時の方が就職状況は、まだ「まし」であったかもしれない。まして今、年齢を重ねて、再就職というよりも新たな一歩であり、それでいて最後の一歩でもある就活は、終末期の夜行列車である。高年齢者校の「高年齢者」とは四五歳以上のことである。学校によっては、四〇歳以上の設定もある。それぞれに「年配者向け」、つまり或る年齢以降の姥捨て山的な職場のための学校である。
 いわゆる「学生」であるから、映画を観るなどに学割が適用となる。もちろん利用した学生を見たこともないが……。つまりそれは、そんな時間がまるでないからだ。
 資格試験の勉強で、学生時代以来の猛勉強が待ち構えている。
 今回のメンバーも、私を除くとほぼ全員大学卒で、日産自動車のエンジン開発部門の人もいれば、半導体メーカーの人や、外資系の大手の人や、原子力プラントの監視をしていたシステムエンジニアの人もいる。変わり種は、私ともう二人の計三人で、一人はデザイナー、一人はカメラマン、そして私が物書き(書籍を十数冊著す)である。
 最後に本を出した年(二〇一三年)の一二月九日に、学校の合否発表があり、合格した。朝六時五〇分に家を出るため、六時に起きる。それまでの自由な生活に比べてなんと苦痛で面倒なことか。だがそんな苦痛は序の口だった。初めに勤める会社は、朝六時前には家を出て、満員電車の方がましなほどにウンザリするパワハラ現場に向かうことになる。
 学校は九時から授業が始まり、夕方四時三〇分の授業終了まで目一杯の詰め込みで、月曜から金曜までびっしりとカリキュラムが組まれている。
 以前は、四時三〇分以降も夜間の生徒が来る六時まで、授業で扱わない消防や危険物の補習を先生方が無料でサービス残業していた。
 とにかく五〇歳を過ぎて、遅れてきたハードな受験地獄とでも言いたい。学校が終わると、必ず国会図書館に通っていた。歩いて三〇分かかる。帰りは一〇時近くなり、帰ってからも二時間の勉強が必要だ。
 授業料は免除だが、これも規定があり、一年を過ぎると通学やいろいろな条件で免除されない。教科書は八冊を自腹で、ほかに一〇冊を貸与という扱いで借りる。これはのちに書き込みや折れ曲がりなどを厳しくチェックされて、少しでも見つかると、弁償扱いで買い上げとなる。さらに十数冊の参考書、問題集を買うことになる。もちろん自腹である。ほかに作業用衣服や靴、そして資格の受験料、免許など、お金は結構掛かる。
 学校に入るのに健康診断も必要で、こういった諸々の費用が失業状態の身にとってはバカにならない。「こっちは失業しているんだぞ」と不満を言いたくなる。頭に来るのは、学校で無理やり行かされる視察授業で、その相手先への御土産を皆でお金を出し合って「買え」と命令され、しぶしぶ皆で出し合い買いにいって渡したりすることである。これはおかしくはないか。実名を挙げてもいいが、その先生だけがおかしいわけではなく、学校の体質全体がおかしかった。
 眼鏡も、一番後ろの席のため黒板が見えないので買い換えた。学校に通うための給付金も申請し通過した。欠席すると支払われない。遅刻と早退は欠席扱いになる。一月七日が入校式で、最初の試験は、三月一日の「危険物取扱者(乙4類)」試験である。
 この月は他に一四日に「ボイラー技士(二級)」学科試験があり、「ボイラー技士」の実技は、一月から四回ある。六月の第一日曜に「電気工事士(第二種)」学科試験、七月の第四日曜に実技試験。一一月の第二日曜には、「冷凍機械責任者」試験がある。
 結果から言うと、一通り合格したわけであるが、この期間中も、かつての仕事の名残で、インタビュー取材記事や連載記事、新たな創刊号記事やパンフレット、ベストテン原稿、週刊誌の取材をこちらが受ける等、「ビル管理」一本というわけにはいかなかった。
 だが、そんな悠長なことを言っていられる事態は、学校時代だけのことだ。会社に入って、試験の嵐が続くのはもちろんだが、そこで待ち受けているのは、さらなるパワハラの暴風雨とサイコパスの大火災、ブラック企業の大地震である。とても前職になど帰れない事態な上に、現職自体が行きたくもない職場と化すのである。
(建築物管理)







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