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評者◆稲賀繁美
海洋亜細亜 Oceanic Asiaにむけて(1)――「公海」概念を海洋学・地学・気候学から刷新する
No.3399 ・ 2019年05月18日




■北米最大のアジア関係の学会であるAssociation for Asian Studiesの年次総会がコロラド州デンヴァーで3月末に開催された。海賊、満洲および複数のmediaを跨ぐ文化事象を対象とする研究発表の隆盛に注目した。いずれも従来の社会秩序や情報流通の枠組みを問い直す研究対象であり、そこには欧州や北米合州国にも顕著な、国民国家理念の失効、北京政府に代表される海洋進出志向など、昨今の国際情勢への目配せや憂慮も顏を覗かせる。
 倭寇のみならず南シナ海沿岸、ジャワやスマトラ海域に広がる海賊行為。その歴史的再検討に取り組む意欲的な研究発表の担い手は、北米や世界各地で活躍する、華僑を含む中韓の若手研究者が中核となる。ここではとりわけ、Oceanic Asiaを提唱する分科会に焦点を当てたい。次期AAS会長となるデューク大学のPrasenjit Duaraは中国の専門家として大陸でも高名だが、陸地ではなく大洋を基軸に、従来の国際秩序を反転させる持論を展開する。海流や季節風が交易路を育む。海岸部に港を設けて発達した都市文明も、海上交易の副産物だった。表層水と深層水の循環や、海水温の変化は、歴史の水面下に潜む媒介変数であり、あらためて人類が地球生態系に依存した環境寄生生物である現実を納得させる。
 これは別の機会に清華大学の汪暉Wang Huiとも意見を交換したことだが、中華帝国は隋以来の大運河開削により海洋を大陸内部に引き込むことで、広範な政治支配と物流の循環系を構築し、宋代には世界最大の朝貢貿易圏を確立している。これに対して、いわゆる大航海時代以降の南欧ついで西欧諸勢力は、本来自由であった筈の海域から沿岸の権益を徐々に浸食することで、アフリカ、南北アメリカ、インドに及ぶ内陸地域の権益を手中に収め、地球大の帝国主義を確立した。三木亘によればその鬼っ子ないし破産管財人が、コトの是非はとにかく、北米合州国と近代日本の役回り。ロシア=ソ連の東方政策への対抗も含め、大東亜戦争とは、この世界史大の生態系の消長過程の出来事として理解されうる。
 梅棹忠夫の生態史観に海上交易を上乗せさせた海洋史観は、川勝平太が提唱してきた。そこに筆者は手前味噌ながら修正を加え、海賊史観を僭称している。海上交易は、抜け荷や密貿易、海賊行為なしには成立しない。だがさらに突き詰めれば、現在に至る国際法規の起源に、世界史大の海賊行為が潜んでいる。スペインとポルトガルとによる世界の山分けを教皇が認可したトリデシリャス条約前後の経緯から、オランダの権益擁護のため「公海」理念を彫琢したグロチウスに至るまで。キリスト教の宣教の理念とローマ法の法理とが、アダム・スミスやカール・マルクスの思想を背後から支えたことは、長谷川三千子の「ボーダレス・エコノミー批判」(平成2年)が、鋭い論理により容赦なく剔出している。
 海上覇権の海賊的本性を見極め、電子回路が地球表層を覆った今日のborderless社会のあらたな枠組みを提唱する責務が、アジア研究の現場に突き付けられた喫緊の課題となる。

*Prasenjit Duara 杜贊奇Du Zanqi,Sovereignty and Authenticity:Manchukuo and the East Asian Modern.Lanham:Rowman & Littlefield Publishers. 2010. 汪暉 Wang Hui「ふたつの大洋の間の文明」『世界史のなかの世界』丸山哲史訳、青土社、2016.







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