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評者◆睡蓮みどり
今年一番泣いた!――佐々木誠監督『ナイトクルージング』、ポール・マクギガン監督『リヴァプール、最後の恋』
No.3394 ・ 2019年04月06日




■いろんなものをシェアするというのは、ここ最近日本に限らず世界の潮流らしい。先日もタクシーのシェアが話題になった。買わなくても、車のリースもあるし、海外に長期行くときには民泊でアパートを借りたことは私も経験がある。洋服、空間、交通手段、個人的な情報、人間関係まで、何でもシェアする。私のように本棚にみっちり本を詰め込むのが好きとか、洋服も気に入ったら手元に置いておいたい、という所有欲むき出しの人間には、ところどころついていけない部分があるのも現実だ。
 具体的な物ではないが、概念だとか、イメージはどうだろう? 他者のなかにある感覚をできるだけお互いにとって近いかたちで理解し、認識するということ。しかし、その「近いかたち」って、どうやって理解できているとわかるのだろう。何となく理解しているという実感は個々人のなかにあっても、どこまでのレヴェルで共有できているのかは実際のところわからない。佐々木誠監督の『ナイトクルージング』を観ていて、ふとそんなことが頭をよぎった。
 2013年に公開された『インナーヴィジョン』にも登場する、システムエンジニアでミュージシャンの加藤秀幸さん。彼は全盲だ。そんな彼が映画を監督することになり、『ナイトクルージング』はその映画製作を続ける過程を追ったドキュメンタリー映画である。加藤さんは全盲者と健常者がパートナーを組むSF映画『ゴーストヴィジョン』を撮ろうとする。『ナイトクルージング』は、間違っても『ゴーストヴィジョン』のメイキング的なものではない。また加藤監督の作品の解説でもない。
 今回に限ったことではなく、佐々木誠監督は撮影のなかで時にわざと怒らせるような挑発的な言い方で質問を投げかけ、相手の本音を引き出そうとする(私が知る限り、彼はとてもクレバーでユーモアもあって人柄も良い)。つまり、ドキュメンタリー映画のなかに登場するササキ監督はササキマコトであって佐々木誠ではないのだ。登場人物となったササキ監督と、密着し続け追う加藤監督との距離感は,撮影者と被写体ではなく、監督自身が言うように「友達」であり、ヒュー・グラントとドリュー・バリモアが歌手・作曲と作詞家として共同制作する恋愛物語『ラブソングができるまで』を彷彿とさせるような、時に友情というには危ういほどの、恋愛映画といっても過言でないような距離感である。当然、見
える・見えないの二項対立を悠々と超越している。
 ミュージシャンでもある加藤監督はまずいわゆる絵コンテの代わりに音声を作成し、そこに肉付けしていく方法を選ぶ。協力者たちの助言を得て、空間、ビジュアル造形、
色調を捉えていく。そして、アニメーション、実写、CGからなる映画の試みへと向かうが、加藤監督のイメージと出来上がった映像が一致しているかどうかは永遠に謎のままである。『ゴーストヴィジョン』は『インナーヴィジョン』のなかで二度流される。冒頭での暗闇の体験。音声しか聞こえない。そして完成した『ゴーストヴィジョン』を紛れもなく、観ている。映画が終わり再び暗闇に戻る。映画館の暗闇が誰にとっても平等であることを思い、ふとこの作品が、映画そのものについての映画だということに気づかされる。

* *

 映画の宣伝文句で「今年一番泣いた!」みたいなコピーで煽るのは本当にダサいと常々思っているのだが、間違いなく今年一番泣いたのが『リヴァプール、最後の恋』だ(まだ3月だけど)。花粉症でいつくしゃみをするかわからないので、ずっとマスクをつけたまま観ていた。しまいにはマスクのなかが鼻水と涙でぐしゃぐしゃになり大変なことになっていた。先日の本紙(3393号)でも対談した新宿タイガーさんの口調で言えば、「夢と感動をありがとう! 本当にありがとうね!」だ。
 食べていけない若手の役者のピーター(ジェイミー・ベル)と大女優グロリア(アネット・ベニング)。アパートで隣り合ったことから始まる年の差・格差のある二人が恋に落ち、幸せな日々を送り、理不尽な別れがあり、再び出会い、そして……と繰り広げられる王道ラブロマンス。『悪人と美女』でオスカー助演女優賞を受賞し、57歳の若さで亡くなった女優グロリア・グレアムの自伝的物語である。グロリアは四度結婚しているが、映画監督のニコラス・レイと結婚し、彼の前妻との間にいる息子、つまり義理の息子とも過去に結婚したことがある。かなりスキャンダラスな人生を送っている。しかし、タブーやスキャンダルが霞んでしまうほどのロマンスがこの映画から迸っている。
 もっと意地悪な描き方はいくらでもできただろうに、微塵もそのようには描かないのだ。例えば、アパートの部屋で踊る可愛らしいシーンも、舞台上で二人だけで「ロミオとジュリエット」の本読みをする切ないシーンなど、見ていて恥ずかしくなるくらいのシチュエーションも、見事に心の通ったシーンにしてしまう。エルヴィス・コステロがこの映画のために書き下ろし、歌う「you shouldn’t look at me that way」が涙をこれでもかと誘う。これを美化だとか綺麗事だと言ってしまうひねくれた気持ちは、この二人を見ている限り湧いてこない。変わりゆき、老いて死に向かうことをそのまま愛する。彼女が最後まで失わなかったもの。それは全身全霊で恋をすることだろうか。これが脚色されたおとぎ話ではなく、実話に基づく愛されるべき二人の物語であると心から信じたい。
(女優・文筆家)







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